ニュースで「脅す育児」という記事を読みました。
公園で帰るのを嫌がる子供に対して
「帰らないなら置いてくよ」
宿題をやらない子供に対して
「やらないならおやつなしね」
隠し事をしている子供に対して
「本当のこと言わないなら親の世話になるな」
自分の趣味と違う服を選ぶ子供に対して
「この服なら買わないよ」
こんな風に子供にとっては脅しともとれる言葉を使っていうことをきかせようとすることを言うそうです。
私も子育てをしている身としては、ついつい言いたくなる気持ちもわかります。
特に子供が小さいうちは。
『鬼電話アプリ』ってご存じでしょうか。
名前はうろ覚えなので間違ってるかもしれませんが、小さいお子さんがいらっしゃる方なら耳にしたことはあるかもしれません。
子供がいうことを聞かないときに
「鬼から電話がくるよ」と伝え、スマホでこのアプリを操作すると、本当に鬼から電話があるわけです。
これは子供を恐怖のどん底に陥れます。
子供が駄々をこねた時などこの「鬼から電話がくるよ」一言つぶやくだけで、目の前の厄介な事態が収束するので、味をしめてしまう気持ちもわかります。
私もマイペースな娘にほどほど疲れていたので、当然のようにこのアプリをインストール、使ってみました。
娘の反応は予想通り。
でも、その後使うことはなく、まもなく削除。
この頃は占星術の知識もなく、ただ、「なんか違う」「自分にはむいてない」
という感覚的なもので使用を中止したけど、今なら言葉にして説明できます。
私は太陽水瓶ということもあり、水瓶のサインがあらわす世界に理想をみます。
水瓶の世界では,人に上下はありません。
みんな同列。
もし相手をすごいと思うなら、それはステイタスや物質的なものではなく、
その人自身がもっている知識や技術や感性についてです。
子どもに対しても同じです。
たまたま私のもとに生まれてきたから親子という関係になったけど、
子どもである前に、一人の人間として彼女を見たいという気持ちがあります。
もちろん衣食住や教育、健康管理等、親の義務といわれるようなことは当たり前だと思いますし、私の方が人生の経験がある分、教えられることも多いのかもしれません。
でも生きてきた時間が長いから、自分が上とかえらいとか思いません。
まぁ、当たり前か。
なので鬼アプリのような、悪い言い方をすれば子供をコントロールする為のものに対して抵抗を覚えたんだと思います。
いくら結果的に楽になったり、もしかしたら子供にとってもその方がいい結果につながることがわかっていても。(早く寝かせるために使うとか)
最初はコントロールされることで習慣化につながるケースもあるし。
でも私にとっては違和感のあること。
使えば楽になるのはわかっても、違う方法を考えたい。
それは水瓶のこだわりやプライドのような気がします。
そもそも、思い通りに人を動かしたい、という思いが水瓶の世界からかけ離れているわけだし。
まぁ、今はこんな風に「自分が子供とどうかかわりたいか」が明確になってますし、娘に対しても「これは個性だ」と理解がすすんでいるので
気持ちはすごく楽になりましたが、大変な渦中にいる時の気持ちを忘れたわけじゃありません。
先述しましたが、娘はとにかくマイペース。
保育園に通っていたので、朝と帰りはできるだけスムーズに動きたいのが本音。
送り迎えの際、他の親御さんを見ててもそれは感じました。
「早くして、置いてっちゃうよ!」とか「遊んでるなら帰ってテレビなしでいいよね。」とか。
あと朝の保育園での着替えなどのセッティングや月曜日のシーツがけ等を、子供がやりたがっても時間がかかるので親が全部やったり。
誤解のないように言いますが、ほんとにそうなる気持ちはわかるんです。
私自身も何度同じような行動をしようとしたか。
でも、ぐっとこらえました。
出来るだけ朝は娘に準備をさせ、帰りはどんなに急いでいても、脅しの言葉は使わなかった。
病院など後の予定がある時は、泣き叫ぶ娘を抱えて連れて帰ることもあったけど。結局この方法だって体格の差を利用して本人の意思は無視してるわけだから同じといえば同じなのかもしれないけれど、自分も大変な思いをする分、対等な気がしていたのかもしれない。
強く記憶に残っているエピソードのひとつにこんなことがありました。
通常運転でなかなか帰ろうとしない娘に対して、ある時ベテランの保育士さんが私に一言。
「お母さん、子供になめられちゃってますよ。」
これを聞いたときは、なんだかズーンときましたね。
閉園時間ではなくても、仕事柄いつまでも残ってられるのが迷惑、と感じての発言ではなく、本当に長年の保育士という経験からのアドバイスだということがこのセリフの後の会話の流れで分かったから。
この保育士さんは厳しいけれど信頼感もあったのでしばらくダメージ受けましたね。
でもそれはこの保育士さんの考え方。
その保育士さんにとってはそれが真実であり、否定するつもりはありません。
若干、それまでの自分の育児に対して揺らぎましたが、結局はその後も自分が思うように娘とかかわり続けました。
結構頑張った、自分。
これはちょっと自分の中で誇れる部分なのです。