政界で踊る役者である。


投票とは、その役者達のファン投票である。


だから、実力というよりも、話題性が重要になる。有名になれば勝ちなのだ・・・・


努力をし、結果を残すことによって有名になる。


という構図がある。有名になるということは実力があるという錯覚を生じさせている。


役者は、テレビに映らなければ仕事にならない。


では、何故そうなるのか?これが一番大事である。


そういうシステムであるからというのが答えになる。つまり、必然である。自然であるということだ。


政治というものには金が掛かる・・・何に掛かるかと言えば、情報収集とプロモーションだ。


自分がどういう政治家なのかというのをプロモーションするのが一番大変なのだ。


本来、政治とはプランニングである。芸能の世界で言えば、演出家であり、脚本家であり、監督であり、プロデューサーでもある。これらの仕事を一人でこなすのは無理なのだ。つまり、たくさんのスタッフがいるというこになる。


菅直人という候補者とは、菅直人という政治集団なのである。劇団・菅直人と表現したほうが分かりやすいだろう。そして、菅直人自身が受け持つのは役者なのである。座長とはそういうものだ。だから、結局のところ、政治家とは役者でしかないことになるのだ。


しかし、残念ながら、この劇団の資金源は興行収入ではない。タニマチからの寄付金で運営されているのが実体なのだ。劇団は、興行収入が全てであるから、常に観客を見て仕事をする。しかし、収入源がタニマチであれば、タニマチを見て仕事をするのである。


そして、それを見た観客は面白くないと文句を言うか、見に行かなくなるかのどちらかになる。それを劇団のせいにしても意味がないのだ。劇団は、その仕組みの中から誕生している。


私はかつて、一票一万円 という政策で、この仕組みは変えられると思い提案した。しかし、観客にとって改善策は意味を持たないようだ。劇団が政策を生み出せない現状は、観客が政策を考えなければいけないという意味を持っている。


私たち主権者は、観客ではなくタニマチなのだ。しかし、それは名目であって実利がない単なるお飾りなのである。そのお飾りで済んでいた時代は良いのだが、そうではなくなった今、我々は変わらなければならないと思う。