81歳の大冒険。ひとり・自車で四国遍路に挑戦してきました。
§ エピローグ
コロナ・がん手術で中断していた八十八ケ所四国遍路旅の2度打ち(2巡目、8年ぶり)(今回主要の土佐・高知の区切り打ちは16年ぶり)に、『ひとり』・『自車』で巡る遍路にチャレンジしてきました。
81歳といえば免許返納適格者。はたして自車で完遂できるか自信はなく決行は怖かったのですが、最後の遍路チャレンジと、桜満開の徳島・高知・愛媛 計21ケ寺を打って(遍路では寺参りを「打つ」と称します)きました。
四国内走行900㎞、横浜までの復路800㎞、計1700㎞を8日間駆け巡る戦々恐々(コワゴワ)の遍路でした。
今回は、
①ユッタリ・焦らず、
各寺の雰囲気を味わい、家族や皆様の健康・幸せを祈願し、
朱印集め・スタンプ集めにならぬように
②新発見・ワクワク感のある遍路
③計画にとらわれない、気ままな遍路
③体力温存の遍路
になるように心掛けながら・・・・。
§ 遍路の概要
移動:往路は体力温存のため東京有明フェリーターミナル~徳島港までフェリーを利用
宿: ビジネスホテル。当初1週間ぐらいの予定で、初めの3日間は予約したのですが
その後の計画(毎日どこまでいけるか足取りが決まらず)無計画の行き当たりばったり。
3日め以降は打ち終えたその日の夜、宿泊先で翌日の打つ計画を立てその場でスマホで
宿を予約。
(自転車操業型移動というのか自車だからできること、スマホで便利な世の中になったモノです)
食: そんなわけで、夜な夜な飲みに徘徊するわけにもいかず
ホテル近くのスーパーを検索(これもスマホで便利)地元の方々に教えていただいた総菜(地産地消)を探しだしホテルの部屋で飲みながら翌日の巡礼計画立案という次第でした。
特に、高知はカツオや魚が名産ですから、毎日豪華な?スーパーの地元産お造りを食しました。全日めいっぱい働き・動きまわったこともあり、おいしかったですヨ。
§ フェリー利用のこと
2026年3月28日夕方、近松門左衛門の浄瑠璃「この世のなごり、夜もなごり」のごとく、これが家族との今生の別れとなるかもしれないのに、家族連中の看取り(みとり)・・・#おっと、「見送り」もなく、ひとりさびしく自宅から自車で東京有明フェリーターミナルへ。
体力温存のため往路はフェリー利用です。
19時発、翌13時20分徳島港着、およそ19時間の船旅。
利用した徳島行フェリー(眉山・びざん)です
昭和のおじさんにとってはフェリーといえば、トラックのオッチャン連中が多く、ラウンジもたばこの臭いとうすら寒い陰気な雰囲気が漂い、船底の大広間に雑魚寝状態の思い出しかありませんでしたが、
なんとなんと、家族連れ・年輩の一人旅など、そしてラウンジは広くて明るくきれい。レストランはないのですが、フェりーめしとして評判になった
自販機がずらりと並び、食べ物飲み物もちろんお酒も何でもあります。
フェリーラウンジの自販機、何でもあります。
私は灯かりがチラチラする
東京湾を眺めながらビーフストロガノフを肴にいっぱい飲(や)りました。
ラウンジで飲みながら‥東京湾を出るところ
東京ゲートブリッジ(恐竜橋)です
相部屋のベッドも蚕棚のようでなく、写真のように階段式2段ベッドが並んでいて、カプセルホテルのようになっています。
2階ベッドです。奥が足方向 (どっちでもいいですが・・)
左側に階段(梯子ではなく)があります
もちろん24時間大浴場もありましたヨ。食事の前の風呂にこんなところで入浴できるなんてと湯舟に浸かっている間に景色が動き出し窓から去り行く東京湾の灯かりをまじまじと見てぼーっとしてました。これからの遍路の前にこの世の「極楽」を先に味わった次第でした。
ただ残念だったのは、ベッドで横になっていると、エンジンのゴトゴトと小さいですが音がたえず聞こえるのと、若干の微振動がありました・・あまり気にならず眠れましたが・・・・。
翌朝9時ごろ紀伊半島の潮岬の沖合を通過し
定時徳島港へ到着し2026年3月29日13:30分ごろ、徳島の地に上陸しました。
運賃は私一人の乗船分をあわせて36000円程度、新幹線+現地でレンターカー利用とあまり変わりません。
§ 遍路のこと
(この日は前回の徳島での打ち残し、21番太龍寺をまず最初に打ちましたが)
翌3月30日朝から高知の最初の寺、24番最御崎寺(ほつみさきじ、室戸岬灯台の隣にあります)へむけて遍路のスタート。
私の遍路スタイル 24番札所最御崎寺
(のっけから疲れた表情が漂っていますが)
さぁ行くぞ~ゥ!!毎日毎日行けるところまで行こう!ってな気負いをもって
徳島も高知もおまけの愛媛も桜が満・満開の中スタートしました。
徳島郊外、加茂という集落でみつけた桜満開(名所ではありません)、
染井吉野と違って、花の色が濃く、まるで歌舞伎舞台のようでウットリする大感激〈観劇)!
今回私が1700キロ駆け抜けた車です。念のため寝袋や炊事道具も積んでいきました。
§ 遍路様子のこと
8年ぶりの遍路では以前と随分と変わったところがありました。
① 春のせいですか「歩き遍路」が多かったですね。老いも若きも。
② それに大型観光バス団体はほとんど見かけませんでした。
③ 外国人が増えましたね。若い女性が多かったのは驚きました。
西洋人が多かった気がします。
④ 江戸時代から続く遍路には作法があるのですが、
金剛杖をもっていない。寺に長居をしない(読経もしない、賽銭をあげると拝んだ後、朱印をもらってそそくさと次の寺へ)という人がチラホラ。
金剛杖はいつもお大師様と二人(同行二人)の意味。また江戸時代には病気平癒を祈願す
る人が行き倒れになった時の卒塔婆の代わり(ゆえに白装束)の大切なものですし、四国
遍路では朱印帖といわず納経帖というのはお参り後読経した証として寺から頂くモノで、
朱印集め・スタンプ集めではないので少し気になりました。駐車料金をとる寺も出てきま
した。
また、撞鐘(鐘をつくこと)はお参りの前にするもので、お参りが終わってからの撞鐘は
「戻り鐘」と言って縁起が悪いという言い伝えがあるのですが、知らない方が多かったで
す。
通常はスタートする1番の霊山寺でこのことや、橋の上では金剛杖を突かないということ
などの作法を教えるはずですが(私が小ウルサイ老人かもしれませんネ)。
まぁ、金剛杖は読経の時、自分の体から離れるので忘れることが多いですし(私に作法を教えた和尚も忘れたことがありました)また遍路をすることがお参りと関係なく、「歩くこと」が目的で「歩く」ことで自分を見つめなおすという信仰とは関係ない遍路もあり、時代が変わるのは仕方ないですかね。
自車利用の利便性を生かして、
遍路中気に入った・ワクワクしそうな所、興味が引かれる所では計画を変えて止まったり、戻ったりして観光・史跡・知られていないところも多く立ち寄りました。
詳しくは、最後の詳細旅程をご覧ください。
(ゴメンナサイ、詳細日程表をお示ししようと種々の方法で編集を試みましたが、技術不足のためうまくいかず、見にくくなっております。ゴメンナサイ)
§ トピックス(印象的なところ)
急流の四万十川を抱えた土佐中村(四万十市):この街は日中でも静かで落ち着いた街です。沈下橋や急流の四万十川・ウナギぐらいが名物ですが、高いビルもなく実に静かで、ユッタリ・ノッタリした素敵な街は宝モノです。
四万十川にかかる佐田の沈下橋(大雨でも橋が流されないように欄干がありません)
橋の道路、車で渡れます?対向車が来たらどうします?
藤堂高虎の安芸城下の上級武士の屋敷が廓中(かちゅう)と言って残っています。静かな一角で、竹やうめば樫の生け垣が続く武家屋敷群が数十軒あり現在でも居住されています。しっとりとした、生垣が続く屋敷町でひょいと脇道から日傘の着物姿の女性があらわれ・・・・ませんでした。
42番 佛木寺:読経後、お接待の愛媛のミカンを境内で頂きながら、「あぁ、この景色・お堂の様子もこれが最後、さすが3度打ちはないだろうから見納めか・・・」
ウルッときました。何事も永遠に続くことはない、ナニゴトも自分の思う通りならない・・諸行無常・諸法無我 と思ったことでした。
足摺岬にある38番金剛福寺
折から般若会でした
高知最後の39番延光寺本堂
§おまけ 往路のこと
高知県の巡礼が主だったのですが、愛媛県の途中まで行くことができました。
6日目の宇和島付近でくたびれ、歩行足が重くなったり、自身の行動の配慮が隅々までいきわたらなくなってきましたので、今回はここで打ち止めをすることにしました。
宇和島城:平地にあるように見えますが
ここまで来るのが大変。到着するだけでバテました
愛媛県西予市卯之町のタイムスリップした町並みです
43番明石寺でギブアップ、88ケ所の中間まで来たことになりました。
(次の目標を持つためにも残しておくのもよいことかなと)
さて往路はどうするか、フェリーか車か・・・・思案のあげく
フェリーは徳島から出港(宇和島から真反対の位置にある)。出港時刻が半端、そして宇和島~横浜まで高速道路がつながっている。ということもあって、松山~横浜青葉まで車でチャレンジすることとしました。
松山~横浜青葉までおよそ800㎞・13時間かかり、もちろん休み休み走り、走り方(最適なPA休憩・渋滞回避など)をAIと相談しながら焦らず走ったせいかあまり疲れを感じず、無事横浜へ到着しました。
§ エピローグ
81歳、ひとり且つ自車という計画で思い切って決行しましたが、7泊8日、無事2度区切り打ちを完遂することができ無事に帰ってきました。
自身も驚くほど疲れもなく元気で。
(もっとも、白熱電球は切れる直前に明るく輝くといいますからわかりませんが・・(笑))
これも同行二人・お大師様のご加護かな。
しかしひとり・自車遍路は、なかなか地元の方々や遍路仲間との触れ合うチャンスがないのが玉にキズです。これを反省に次回の遍路に生かせるかな(まだだヤル気です)。 合掌
以下詳細行程です














