奥さんと朝一 緒に歩く。歩いている間に昨日のことを聞くことが多い。あまり自分の思うことは伝えないで話を聞いていると、人それぞれだなぁーと思うことが多い。人は理解を求めて他人と接するけど、その効率はあまり良くない。何故かといえば、他人の存在そのものを認めることのわからなさーそれは感覚がまずあるーから自分がわかったことがピントが外れていたり、既存のステレオタイプな尺度で横着な判断をしてることから生まれてくるような気がする。まずは、一緒に住む人の存在を丸ごと知ることが、人それぞれの難しさを克服していく最初のことかもしれない。ことばはありのままには伝わらない。なかなか哲学的な話で難しい。