無くすことの怖さは、自分がいることがなくなってしまうー死んでしまうーことから生まれている。人は案外強い。が、簡単に死んでしまう。その死に向かっている怖さは、グラグラする。
そういう意識がなく気を失ってしまえば、怖さはないだろう。しかし、死んでしまうだろうか?という目に会うと、そうはいかない。私はそれがあり、海で溺れて海水をガバガバ飲んでしまい力が抜け意識が薄れて行く時に、死んでしまうのだろうか?となった。死ぬのはとても怖いことで、例えば病気の人が少しづつ死へ向かう途中は怖いと思う。いくばくかの意識が残る中、病気からの痛み他で食事をとれなくなり、尿が止まり、その次が死だ。誰にとっても、自分がなくなってしまう死は怖い。この怖さの前に大概の言葉は何の意味もなくなる。当事者にとっての死がそういうものである以上、無くなってしまう人のいうことを聞いてやる、その経過を黙って見守るしかない。だって自分が無くなってしまうことは怖いのであり、どうやっても誰も助けてあげられないのだから。
今年は、multiple oragan failureで2人亡くなった。MOFになるとまったくのダルマというのを初めて経験した。
そういう意識がなく気を失ってしまえば、怖さはないだろう。しかし、死んでしまうだろうか?という目に会うと、そうはいかない。私はそれがあり、海で溺れて海水をガバガバ飲んでしまい力が抜け意識が薄れて行く時に、死んでしまうのだろうか?となった。死ぬのはとても怖いことで、例えば病気の人が少しづつ死へ向かう途中は怖いと思う。いくばくかの意識が残る中、病気からの痛み他で食事をとれなくなり、尿が止まり、その次が死だ。誰にとっても、自分がなくなってしまう死は怖い。この怖さの前に大概の言葉は何の意味もなくなる。当事者にとっての死がそういうものである以上、無くなってしまう人のいうことを聞いてやる、その経過を黙って見守るしかない。だって自分が無くなってしまうことは怖いのであり、どうやっても誰も助けてあげられないのだから。
今年は、multiple oragan failureで2人亡くなった。MOFになるとまったくのダルマというのを初めて経験した。