自分よりも、恵まれていると思われる、個人・組織へ向う指向が強くなっているように、

あなたは感じることありませんか?
私は、自分が豊かだとは思わないし、それを特別どうこう不満はもってません。
山之口獏の詩を、また引用すると、


「ある家庭」
またしても女房が言ったのだ
ラジオもなければテレビもない
電気ストーブもなければ電話もない
ミキサーもなければ電気冷蔵庫もない
電気掃除機も電気洗濯機もない
こんな家なんていまどきどこにもない
あるもんじゃないやと女房が言ったのだった。
亭主はそこで口をつぐみ
あたりを見廻したりしているのだが
こんな家でも女房が文化的なので
ないものにかわって
なにかと間に合っているのだった


どうしてこういうほっこりした視野または心のありようで、自分をみること

できないのでしょうか?

間違いないことは、永遠に成長が出来ることはないということです。