バナナダイエットが流行して、バナナの値段が確実にあがっています。
時々、売り場にバナナが少ししかないこともあります。
うちは、長女・次女・私の、3人の女の子がいるから、バナナは必需品です。
で、今日もバナナ売り場でバナナを物色していたら、おばさんに声をかけられました。
このおばさん、あるスーパーの名物おばさんだった人。今はそのスーパーでは働いていないけれど、有名人だったので、顔が広い。あまり話をしたことのない私のことでさえきっちり覚えていて、たまーに、買い物先であうと話しかけてくるが、お互いのことをよく知らないので、会話が成り立つことはあまりない。
そんなおばさんと私。今日は会話が弾みましたよ。
もちろん、バナナのことで。
おばさん「さっき、◎◎スーパーに行ってたけど、もう¥99のバナナなかった。ここは高いね」
私「でも、バナナはここのが一番きれいです(品揃えが良いです)」
私も毎日、スーパーを3軒はしごしているので、バナナの情報には詳しいのです。
そして、思い出しました。昔、「みかんダイエット」が流行ったときも、「納豆ダイエット」が流行ったときも、こうしてスーパーの売り場で、おばさんたちがにぎやかに会話していたことを。
こういう、ダイエット話に飛びつくのって、すごく浅はかではあるのですが、なんというか、毎日おんなじことの繰り返しで、つまんない日々に、ちょっとした楽しみを与えてくれるというか、おばさんたちの会話のネタになってくれているというか……。
ダイエットの効果ももちろんものすごく期待しているのですが、こういう共通の話題ではしゃげる、というお祭り騒ぎが、毎日おんなじことの繰り返しで生きてる気がしないドリーみたいな人には、必要なのかもしれません。
たとえば、一時期流行った「たまごっち」だって。本当におもちゃがおもしろいわけではなく、会話のネタにするために、めんどうくささを抑えながら私は育てていました。
そのころ、小さな出版社でバイトしていて、まわりは、20代の子ばかりで、共通の話題がないから、「たまごっち」だけが共通の話題でした。
そんなふうに、流行モノには、人付き合いの潤滑油の役割もあるのです。
でも、流行モノに飛びついてばかりでは、自分らしさがなくなるので、メリハリが必要です。
