最近気に入っている「暮らしの手帖」の29号に、こんな詩がありました。
凛とした女の子におなりなさい
阿久 悠
女の子だからといって
ヨワヨワしていたり
メソメソしていたり
何かというと他人を頼りにして
愛しいと思われてみたり
そんな子である必要はないのですよ
助けてやりたいとか
庇ってやりたいとか
守ってやりたいとか
男にとってはいい気分だろうけど
そんなもの美徳でも
魅力でもありゃしない
いいかい 女の子だって
強くってもいいんだよ
粗雑であったり
乱暴であったり
不行儀が平気は困るけど
ちょっとした挨拶の誠意と
心地よい微笑の会釈と
問われた時にハイと答える
善意さえ感じさせれば
強くっていい
男は自分が弱い者だから
縋りつく子を抱きしめるが
そんなのは三日だけの愛しさ
あとは 只の重荷になる
傷つけないようにハッキリと言い
侮辱を感じさせない態度をしたら
あとは 自由に生きなさい
強く生きなさい
自由で強くてやさしい子を
凛としていると言います
凛とした女の子になりなさい
凛とした……
近頃いないのです
*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:*☆*:;;;:
最近、テレビニュースを見ていると、いやな話題ばかりで、「日本人って、こんなイヤな人種だったっけ?」と、もう本当にうんざりしていたんだけれど、
なんだか久しぶりにスカッとした気分になれる詩に出会いました。
さすが、昭和のヒットメーカー。
彼の歌に出てくる女の子は、強くて、媚び媚びしていなかったけど、つんく。が作った「モーニング娘。」は、めちゃくちゃ媚び媚びしていた。
本当なら、大人に反抗する時期の女の子が、大人の男に媚び媚びする内容の歌を、体をくねくねさせて歌う姿は、同じ年頃の娘をもつ私には、すごく異様で不快なものに感じられました。
モーニング娘。大ヒットから、日本には「凛とした女の子」が激減したように思います。小中学生のころから、異常なまでに男の目を意識したファッションに興じ、媚び媚びして、自分たちを「性的な商品」と見られることをむしろ歓迎するかのような、少女たち。
だから私は、つんく。が嫌い。
流行歌は、その時代の風潮を作る。少女たちに「媚び媚びすると得するよ」と教えるつんく。より、「女の子は凛としていなさい」という阿久 悠さんの時代に、少女でいられて、私は良かったな、と思う。