放課後
蝉の声がまだ残る中、私はデッキブラシを手にしていた
玲「…なんで私がこんなこと」
ため息が勝手に出る
先生に呼び出されて気づけば"掃除当番の手伝い"をさせられていた
べつに怒られたわけでも何かしでかした訳でもないのに
麗「玲ちゃん、やる気ない顔してる〜」
横からやけに楽しそうな声が響く
顔を向けると、同じくデッキブラシを握っている守屋麗奈がにこにこと笑っていた
玲「…麗奈ちゃんも巻き込まれたんだ」
麗「うん。なんか先生に"二人ならすぐ終わるでしょ"って言われちゃった」
玲「二人なら、、、ねぇ」
心の中で小さく繰り返す
確かに麗奈ちゃんとなら嫌なことも少しはマシになる
彼女は誰にでも柔らかくて、でもどこか気まぐれみたいな所があって
私はそんな麗奈ちゃんにいつも振り回されている
麗「ねぇねぇ、もう水流しちゃおっか」
玲「え、まだ途中でしょ。ほら、ここまだ汚れ付いてるし」
麗「でもさ、ほら。水かけたら取れるかもだし。掃除楽になりそうだし」
玲「…怪しい」
麗「だってちょっとくらい涼しくなりたいでしょ?暑いもん」
そう言って麗奈ちゃんはホースの蛇口を捻った
勢いよく流れ出して足元に水が溜まっていく
麗「わっ、冷たっ!」
麗奈ちゃんがプールに足をつけて、キャッと声をあげた
玲「…麗奈ちゃん、ほんと自由だね」
麗「玲ちゃんも入りなよ〜。気持ちいいよ?」
玲「いや、濡れるし」
麗「大丈夫。どうせ終わったら着替えるし」
そう言いながら麗奈ちゃんがこちらに寄ってきて、私に水をパシャッとかける
玲「きゃっ…!ちょっと!」
麗「ほらほら、入っちゃえ〜」
思わず足を滑らせてプールに入ってしまった
後に続くように麗奈ちゃんは自分からプールに入った
水の冷たさに思わず声が出る
玲「冷た……」
麗「ふふ。でも気持ちいいでしょ?」
麗奈ちゃんは笑いながら私の腕に水をかけてくる
私も負けじと手で水をすくってかけ返す
「やめて!」「そっちこそ!」
二人で水をかけ合って笑い声がプールサイドに響いた
ふと気づけば
追いかけるみたいに近づいた麗奈ちゃんと私の距離が、ほんの少ししかなかった
「……あ」
互いに声を漏らして止まる
麗奈ちゃんの顔が近い
濡れた髪が額や頬に張り付いて、笑ったあとの赤みが残る頬
麗「玲ちゃん……」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が大きく鳴った
玲「な、なに」
麗「そんな顔してるから…」
玲「顔?」
麗「…可愛い」
視線が絡む
息が触れそうなくらい近づいて、気づいたら目を閉じていた
水の音も、蝉の声も、何も聞こえない
ただ柔らかな唇の感触だけが残った
唇が離れたあと、麗奈ちゃんはいつもの笑顔を浮かべていた
麗「玲ちゃん、濡れてるのに…もっと赤くなってる」
玲「う、うるさい…!」
麗 「ふふ。ねぇ、もうちょっと掃除、続けよっか」
玲「…集中できると思う?」
麗「じゃあ…もう一回する?」
無邪気に首を傾げるその顔に、私は完全に負けていた
プールの水面に映る夕焼けが揺れていた
息がまだ少し上がっている
さっきーーーー不意に玲ちゃんとキスをしてしまったから
麗「…玲ちゃん」
名前を呼ぶと玲ちゃんは顔を背ける
耳まで赤い
可愛い
ずっと前から思っていたけど、こんなに間近で見ると余計に
玲「なに」
麗「別に」
玲「…別にって、なに」
麗「んー…照れてるの?」
私がからかったように言うと、玲ちゃんはむすっとした顔をしてデッキブラシで水をいじる
そういう不器用なところも、ずっと気になっていた
麗「…玲ちゃんの事ね前から見てたんだ」
玲「えっ」
麗「クラスでもちょっと不思議なとこあるでしょ?」
「静かで、でもたまにすごい真面目に喋ったり。そういうとこ、可愛いなって」
玲「…私、かわいくない」
麗「可愛いよ。私から見たら、すごく」
玲ちゃんが驚いたように目を見開く
ああ、この顔。やっぱり言ってよかった
玲「でも…なんで今、そんな事言うの」
麗「んー…だってさっきキスしたから?」
玲「…麗奈ちゃんが急に近づいて来たから」
麗「じゃあ、私だけのせい?」
玲「……」
黙り込んだ玲ちゃんの横顔を見ながら、私は少し勇気を出す
麗「本当はね、ずっとしてみたかったんだよ?」
玲「な、なにを?」
麗「玲ちゃんと、キス」
玲ちゃんの顔がさらに真っ赤になる
水の冷たさで火照った頬を冷やせるわけでもなく、私は笑ってしまった
玲「…麗奈ちゃんってずるい」
麗「ずるい?」
玲「なんでも言えて…私は言えないのに」
麗「じゃあ私が代わりに言ってあげようか?」
玲「……」
麗「玲ちゃんは、麗奈の事気になってたんでしょ?」
一瞬で返事はなくて、でも沈黙が答えのように思えた
私はそっと手を伸ばし玲ちゃんの指先に触れる
麗「ねぇ、もう一回していい?」
玲「…勝手にすれば」
麗「それっていいってこと?」
玲「……」
答えを待つ前に私はそっと唇を重ねた
さっきよりも長く、さっきよりも優しく
唇を離したあと玲ちゃんは小さく呟いた
玲「やっぱずるい」
私は思わず笑ってしまった
麗「じゃあ、これからもっとずるくするね」
玲「え…」
麗「だって、玲ちゃん事、本気で好きだから」
夕焼けに染まるプールの中、玲ちゃんがどんな顔をしていたのかーーーーちゃんと見たくて、私はそっと顔を覗き込んだ
読んでいただいてありがとうございます
꒰ঌ ໒꒱
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