コントロールされて育ったと思ってきたので
コントロールのない子育てが理想でした
対話で対峙していたいし
お互い人間同士として尊重して在りたいと
強く思ってきました。
でも数年前までは、
その想いが強すぎて
そして小さな時からそれをしてしまって
少し間違ったなーと思うことも。
子どもたちの想いを汲みすぎたり
私が変な我慢をしていたりと
少しいびつな親子関係だったなと思います。
きっとみなさんそうだと思いますが、
自分が親になったとき
同じように育てたいと思う部分と
そうは絶対にしない!と思う部分と
両方ありますよね。
これ、わたしはいいと思うんです。
でも過ぎたるは及ばざるが如し
という言葉もあるように
バランスなんですね。
何事も中庸を知っているかどうかが
鍵だとかんじています。
どっちにもなれる
真ん中を知った上で、それを使い分けられる
そんな柔軟な自分でいたいものです。
最近また、自分の子どもたちに対してのコントロールに気づく瞬間がありました。
こうしてほしい。
こうなったらいいな。
自分の言葉の使い方が、
子どもたちをコントロールしてるなと気づいたんです。
幼児なら気づかないかもしれませんが、
もう思春期にさしかかった子どもたち。
きっとちゃんと気づいています。
言われるとうっとおしいだろうし
やる気も余計に削がれる。
うるさかったり
怒られたりするよりは
行動すればいいんだろ?と
いやいや黙らせるために動いてみたり。
そうなれば、何も考えていない、怒られないための行動なだけで、自主性も何もあったもんじゃない。
一旦気づくようになると
たくさんたくさん見えてくるものがあって
自分自身にとって痛いことだらけなんだけど
やめたいんです。
コントロールしたくないし、されたくないんです。
なので、子どもたちと話し合って
宣言もしました。
「口出しをしません」
コントロールしたくないっていうことも、
自主性をもって、自分から考えて動ける子になってほしいことも伝えました。
さて、どこまでできるかな。
お互い成長の時間となりそうです。
特に変化が大きいのは長男。
一番わたしのコントロールが大きかった対象。
彼はいつもギリギリに起きて、ブスーっと出掛けていた遅刻魔さんでしたが、
宣言してからは、朝いつもより1時間近く早く自分で起きてきてゆったり朝時間を過ごすようになりました。そして、その時間にポツリポツリと内面を話してくれます。
不思議な変化です。
次男坊は、全く何も変わりません(笑)
不登校児ですが、生活リズムも、言動も、何も変化なし。彼は自分を貫いている時期なので、この変化なしっていうのが面白いなと思いながら観察しています。
3番目の娘も大きな変化はなし。
ですが、少し性格が明るくなったような気がします。ハキハキ度が増したような…気のせいかもしれないくらいの小さな変化です。
彼女も自分で起きるのを頑張っています。今朝は時計が遅れてたから電池かえなきゃ、と言いながら起きてきました。
今のところ良い変化しか起きていません。
コントロールしようと口を出してしまっていたのに、コントロールどころか、余計にややこしい結果を作ってたのかもと、今は感じています。
習慣化できるまで
私もがんばりまーす!!


