公式LINEのお知らせをしたら

たくさんの方に登録していただき、

また、

メッセージを受け取った方からは

 

メッセージがドンピシャでびっくりした!

 

体調不良で病院などに行っても原因不明で悩んでいたので

メッセージを見てなるほどと思った。

 

ちょうど考えていたことの答えがもらえたようで、すっきりした!

 

メッセージ見て泣きました!!!

 

など、

本当に嬉しい声をいただいています。

 

 

気になってくださる方は

どうぞ友達登録して、「メッセージ希望」って送ってくださいね。

 

 

 

 

 

私にとってリーディングは、

学びの期間を経て、

ある時から

当たり前にできだしたことで

とても幸せを感じることで

人からも感謝してもらえるもの

 

ずっと当たり前に自分は使っていて

学びもずっとコンスタントにしていて

 

 

なのに

なかなか自分の本流にできなかったこと。

 

 

ここにきて

 

感じること、

感覚や感性を使うこと、

見えない部分と見える部分の橋渡し

 

そんなことが

私のやりたいお仕事だなと

そう思うようになっている。

 

 

前もしてたけど

他のものがタイミングなどで削がれていったら

リーディングとかカウンセリングとか、

遊びや体験の中から体得してもらうものが

残っていっている事実。

 

周りに起こることが

私にいろんなことを教えてくれる。

私がそういう流れを持つ人なんだということを

教えてくれたのも

見えない世界の人たち。

 

 


私がどんなリーディングするのか

LINEでつながっていただいて

 

「メッセージ希望」と送ってね☆

 

 

人によってはすごい長いのとか

えっ??それを伝えるの??みたいなのを託されることもあって

少し動揺しつつもお伝えさせていただいています。(笑)

 

 

 

ひかりひろがるメッセージの

お申込みも併せていただいていて

本当にありがとうございます。

 

ぜひ受け取って力にしていただけると幸いです。

 

 

 

ガイド的存在から託されるメッセージを

そのままお伝えしています。

 

どのような方につながらせていただくかは様々なので、

ご先祖様のこともあれば、ガイドや守護している存在、

また精霊のようなものがきてくれることもあったりで

 

それもまた、その方を知るひとつとして

楽しませていただいています。

 

 

 

 

こんばんは。

ラマトの森 山本陽子です。


このたび公式LINEを整備し直しました。


今後はこちらで様々なお知らせや

新たに進めていく居場所づくりの情報など

お知らせしていく予定です。


ぜひ、

お友達登録

よろしくお願いします♡






そしてこのたび、

お友達登録していただいたみなさまに

ミニミニver.の「ひかりひろがるメッセージ」を

お送りさせていただいています。


ぜひみなさまのひかりをひろげる

ひとつのきっかけにしていただけると幸いです♡


「メッセージ希望」と

送ってくださいね!!










桜ももう終わりですねー。

夫のおかげでわたしは桜が好きでいられる。笑






ひかりひろがるメッセージについては

こちらからご覧ください♡



ちょっと衝撃な気づきがありまして。
無意識に握りしめているものって、実際なかなかの強度よね…ということを記録のためにも書いておこうと思います。
 
先日長男が沖縄へのひとり旅をやり遂げ
親子共々、達成感がハンパなかったのですが、
 
実は、途中に
こんな出来事がありました。↓↓
 
地域の子ども会で何家庭か一緒に、テーマパークへ行っていた時の出来事。

次男が自慢からなのか、役割を買ってでてくれたのかwお兄ちゃんが沖縄にひとりで行っていることを他のママさんに言っていたんです。

「陽子さん、〇〇くん沖縄いっとん??」

そう聞かれた私の口からとっさに出た言葉が、

「うん。ひどい親だと思っとんじゃろー。」
  
  
 
 

 
 
自分から
この言葉が出て数秒後から
世界がスローモーションになって笑




えっ??


わたし何て言った?
どーいうこと?


プチパニックに。



おそらくママ友は、ただただ興味本位で話を振ったんだと思う。驚きは大きかっただろうけどw

それにしても、私の発言よ…。






しばらく考えてました。

被害妄想。被害者意識。白い目で見られてる。

そんな意識がまだあるんだなぁ。
かなり取り組んできてるのに、まだあったか…。
それを感じたくないから自分からそう言って防御してるんだろうか。

無意識にある思い込みって
多数にあるし、強度もさまざま。
でもこういう風に出てきた時が扱うチャンス!
これをやり過ごすと、またタイミングを変え、場所を変えて起こってくるから。



個人的には発言がショックすぎて、
息子の沖縄からの帰りを待つ時間が少し歪んで、
それはありがたかったかなw
少しだけ短く感じられた。




ハッキリしてきたことは、
この出来事もやはり実家の家族とのやりとりから起因してるんですね。
だいたい全部家族きっかけよね…。


春休みのある日、
子どもたちを実家の母の所に連れて行き、私は翌朝早くに帰った日。トータル12時間の滞在、そのうち会話したであろう時間は約2時間。

その間祖母・母・妹と一緒にいて、いろんな話をする中で、明らかに3対1になる。

話の捉え方が違うし、深い話、大切な話になればなるほどに、だいたい答えが違ってくる。あちらがオブラートに包んでくれたり、こちらが遠慮したり、明らかに対立項になったり。いろいろだけど、3対1の構造は常で…そこになんとも疲れていることに気づいた。


あぁ、これずっとだったなー。
民主主義は多数決をとる。
多いと正しいとされる。
3対1でもあちらが正しい、私は間違い。
多数決とりまーす!てしなくても、意識には刻まれていて、無意識で、私は違うという認定をしてるんだね。

少数派って声を張らなきゃいけなくて、なぜか主張を強目にすることになって、それゆえに余計に見られて、それ自体も劣等感につながっていたようで…。


そして今回に至っては、
以前私に理解を示さず、話をそらし続けた牛乳の話について、別の場所で立場のある人から言われたと、牛乳は飲まなくていいと祖母と母の意見が変わっていて、私としてはなんとも言えない気持ちに。
(息子が飲むとたちまち下すので、中学校で牛乳を飲まなくて済むように、病院で診断書をもらった話からこの話に…)

こういうことが、よく、よく、起こっていて。
悔しかったり寂しかったりしてたけど。
それがずっと当たり前だったし、
今ほど言い切れてもなかったから
違うこと前提で、ほぼ封じてたんだろうなー…

その度に無意識にダメ認定をして、
自分への劣等感を募らせていたんだろう。


もう、波長が合わないんだなということを
心底知ったというか、諦めがついた。
親は親なので、大切だし愛してる。
けど、これとそれは別の話。

そして、今までの家族との生活の中で、
わたしは、自分がおかしい、私は劣等生で、
人と違うことが間違っていることで、
人から白い目で見られていると思い込むことになってた。
 
    
それが今回、
考え抜いて、苦悩も越えてさせてやれた、せっかくの息子の経験についても
自分からそんな言葉が出てくるくらい、
わたしは私を虐めてたてことに…

もう涙がでたよ。
悔しくてくやしくて。
そこまでかー…て。

もう絶対に嫌!!
私をそんな目にはもう合わせない。

これからは波長が合う人と共にいる。
意見はどれだけ違ってもいい。
波長が合わなきゃダメなんだ。
大切にするものが同じじゃないと。
深い部分が共鳴し合えないと。
尊重し合える波長の人とじゃないと、お互いがダメになる。


尊重し合える相手、
そう思って出てくる相手は夫であり、子どもたち。

あまりに違って
かなりの対話が必要だけど
深い部分での互いへの尊重があるからこそ
認め合える。違うままで共にいられる。

で、これって
私がわたしであるっていうことと
深く深くイコールなんだなと思うわけ。
  
結局最後にはこの一点にかえってくるのだな。






わたしは過去、
我慢しまくり、頑張りまくりで
身体は麻痺状態。
感情は抑え込んでいて、360度にセンサー張り巡らせて過緊張状態。もしも少しでも人に気を許そうもんなら滝のような涙が溢れるような感じ。
ロボットみたいな人間からのスタートでした。

12年くらい経ってるけど、随分変わった。
だから、どんなに今がどん底に思えても、
みんな大丈夫だよーーって
自信を持ってお伝えします♡

おはようございます

ラマトの森 山本陽子です



起きる出来事は本当に様々。


先日わが子が事故をしました。

自転車と乗用車の衝突。

どう聞いていても、彼に非がありそう。


起きたことは良くないことです。

学校から連絡があったときには

心臓がどうにかなるかと思いました。


朝の「行ってらっしゃい」が、家族との最後になる可能性もあると過去に思ったことがあるので、それ以来は、私が家にいる時は欠かさず、玄関で、笑顔で家族を送り出すことを徹底はしてるけど…


本当にいろいろとよぎりました。



ありがたいことに

自転車は大掛かりな修理に出しましたが、

彼は大丈夫だったので。

ありがたいことです。


今後、時間の経過と共に

身体に異常や不具合がでないといいなと思いながら、近いうちに身体を診てもらいに連れて行こうと思っています。




何か良くないことが起こった時、

これをどう捉えるか。

本当にそれに尽きると思います。



彼とは、この事故をきっかけに

日々の生活について話し合うことができました。


思春期真っ只中、

最近親の(特に母の)言うことは

彼のハートには全く届かなくなっていたので


今回のことは

とてもありがたいタイミングでした。


彼の生活面についても

事故が少しでも気づきにつながり、

自分で考え行動できるようになる、その勢いがつけばいいなと思っています。





事故ではありませんが、

同じような

「衝突」について、

人とのトラブルを聞く機会があります。


そういう衝突も

やはり捉え方次第で

学びにもなれば、

恨み辛みのネガティブな念で

身体を痛めることにもなり得ます。



正直なところ、人と人との衝突について話をどれだけ伺っても、私はその場にいませんでしたし、もうお一方の言い分も聞いてみないことには判断はできません。


が、

「わかってほしい!」という想いや

「こんなに苦しめられた」という想い、

「あの人はこんなに酷い人で、私はこんなに可哀想なのだ」という被害者意識が


痛いほど伝わってきます。



わかります。


私も、人とぶつかったことはありますし、

そんな風に人に言いたくなって聞いてもらったこともあります。


信じている人との衝突だと

より痛さも増しますよね。



でも結局のところ、

その想いを自分自身がとことん感じるしかなくて。


そして、自分はどうしたいのか?

という本当の望みを探り当てるしかないんですね。



自分はこんな風にはならない!

あの人はこんなこともできない人間なんだ。

私はもっとわかっている。


そういった二次的な感情のような思考も

ただ感じて、自分で気づいていくしかなくて。



私は話ができなくて寂しかった。

きちんと相手と話がしたかった。

わかりあいたかった。

理由が知りたかった。

丁寧に対応されたかった。



そんな風に、

自分の望みを掴んでいく。


そして、

相手はそれを私にしてくれなかったけど、


じゃあ私は私にしてあげられてるだろうか?


と、少し自分に投げかけてみる。


自分に対してのこととして捉えられるようになったくらいで、きっと、やっと、その時私がしていたことは相手にとってどうだったかな…と、立場を逆転して俯瞰してみられるようになるんじゃないかなと思います。


日常的に俯瞰して見られる人って

どのくらいいるのかな…と思います。


感情についても

本音をつかむことも

俯瞰することも

練習だし、慣れです。





いろんな衝突がありますけど、

衝突とか、

不具合とか、

違和感とかっていう、


スムーズに行かないことって


本当の自分に戻るための

気づきで、ギフトだなと感じます。




もちろん、そういう風に

全部がぜんぶ深い所と結びつけなくてもいいんですよ。


ノイローゼになったんじゃあ

本末転倒というか…笑


自分なりの

いい塩梅ってあると思うので。





どう捉えるか。


このコツを掴めだすと、

世界はめちゃくちゃ平和になります。



自分が物事をどう捉える癖があるか、

それに気づいてみるだけでも

何か掴めるものがあるかもしれませんね。



ぜひ、答え合わせではなく、

自分のしていることの振り返りをしてみてくださいね。


もう、この戦争1年以上続いている。

あのころよりももっとはっきりと

プーチン、頑張れ!と

思っている私がいる。

 

 

断じて申し上げておくが

私は子どもの頃から戦争が大嫌い。

 

どうして大人は戦うのか、

いま大人になってなお、そう感じて生きている。

 

 

戦争をしているという事実

 

そこでたくさんの市民が死んでいるという事実

 

そのことは苦しいことで

どうにかしたいことで

褒められるようなことではないけれど

 

グンと高い視点に引いたとき

 

プーチンは今のこのシステムを崩そうとした。

それがわかるから。

 

 

弱いものが、金と権力をもつ一部の独裁者たちから

搾取し続けられる社会システムを

どうにかしようと思った、

彼なりの正義感を感じるから。

 

 

 

悪者に見られることもよしとして

立ち向かっているんだと

やっぱり1年たっても

そう感じる。

 

 

私は直観で感じることが

そうそう外れたことはない。

 

どうしてかわからないけど惹かれるひとに

根っからの悪者だった人はいない。

 

私が気になる人

私が心惹かれる人

検索する人

出会う人

・・・

 

私から興味を持つ人が

極悪であったことは

一度もない。

 

 

 

私の人生における統計上

この戦争を終わらせるには

正義感ももちながらも

そこに執着するのではなく

 

バランスをとりながら

さじ加減ができる人や国が必要。

 

 

例えばインドのような

軸のある、自国を優先しながらも

他国ともコミュニケーションをうまくとれるような国が

引っ張っていくのはどうだろうか。

 

ひとつひとつの国が

それぞれの意志のもと

国民や世界の人々の幸せを思いながら

自国民を愛する政治をしていけばいいのに…

 

ちっぽけな一市民の私は思うのだけど。

 

 

日本については

もうどうにかなる部分があるのかどうかさえよくわからない。

 

国というか政府はもうだめなんじゃないだろうか。

 

地方の議会とか

ひとりひとりの民の運動の方が

命と直結していて

期待が持てるなと感じながら

ウォッチさせていただいている。

 

 

自分にとっての幸せって何か。

 

何が欠けると、ダメなのか。

 

どんな風に生きていたいのか。

 

 

一人ひとりが

自分のハートにしたがって

考えてみる。

 

そして、自分ができることを

小さくてもいいから

ひとつずつ確実にしていく。

 

もしかしたら、

今日一日笑っていることかもしれないし、

隣の人に親切にすることかもしれないし、

ありがとうということかもしれない。

 

ひとりずつの行動が

社会に波及して

日本に

世界に

波及するから。

 

 

戦争、嫌いだから。

 

みんなで笑ってたいから。

 

だから、私は笑えるように

充実した一日を送る。