今までの世界では
どうしても人様の視線が
気になっていたし

人様の普通に合わせなきゃ
いけない気がしてた。


でも、ふと思う。


私の感覚は?
私の感性は??


あまりにも違いすぎる
感性を持っていたから

何とかして合わせなきゃいけないと
小さな頃から無意識で感じてて

それが普通になっていた。



でも、節分立春を迎えて
何だかんだ続いて起こる出来事では、

どうして人ってこうなんだ…。
何で人間ってこんななんだ…。



私が知っている人間のポテンシャルと
あまりに違いすぎる現実…。




そうして
絶望を感じていたり、
孤独を感じていたり、
怒りがこみ上げてきたり…。



私の感覚とは違いすぎる…。




どうしてその選択をするのかが
理解できなくて悲しい。









本来の自分の感性を思い出す。



きっかけは
キネシオロジー仲間の一言。



「一般の地球の感性と
あまりに違いすぎる感性。」






「でも、それを大事にしたらいい」






「陽子さんは陽子さんのやり方を大切にしないと
地球のやり方だと分からなくなるみたい」







そう言われると
じわりと滲んでくる涙。



その通りすぎて。



地球の方法に合わせると、
たちまち自分の頭の中は

指す方向を失った方位磁石の様に
グルングルン回り出す…。









私は私の感性を大事にしていく。





多くの人が大切にしているものを
私が大切に思えなくても
自分をおかしいと思わなくていいんだ。




合わせることはできる。


大人になる過程で、
合わせるという技は獲得した。




無難な生活
地球人としての生活はできる。







ただ、合わせた後、
混じり合った不要なものを排除して
純粋な自分に戻ることが足りていなかった。





わたしは私の感性を基準にする。





豊かさに基づいて考える。






エネルギーで感知して
エネルギーで交流する。





質量、エネルギー量、密度など
私の独自の尺度で捉えて生活する。





そう割り切れたとき
とてもとてもラクになった。









地球にいるから、
同じ尺度で
同じルールで
意識を扱わなきゃいけないと思ってた。




守らなきゃいけないルールや規範は守る。


でも、捉え方や換算方法は自由。




自分らしさ
とことんとことん。

目に見えない
ひとには分からない所まで


自分流で、
自分の美学で進む。