M先生をこれからは仮名で松崎先生とします。
松崎先生の指導と考え方は今に生きてます。
その当時の農協の苺栽培指導はとにかく肥料を大量に施す指導です。果樹栽培の時もそうでした。
10aに5-6-5成分の肥料を60袋(20kg入り)それにプラス石灰だなんだで80袋施してました。
だから病害虫の発生が半端じゃなかった。
すると当然農薬も大量に使う。
農協の思う壺です。
堆肥も酪農家から買って投入してました。
それなりに収入はあってお金が回り出した頃に後輩の中澤(仮名)から産直の話が来ました。ピークを過ぎたとはいえまだバブルが残っていて苺栽培で十分に食っていけるなって思ってました。
中澤の産直の話しになぜ乗ったのか?覚えて無いけど後に色んな啓発本に「ノーと言わない」的な文章が山ほど出てくる前の話なので「とりあえずやってみよう」くらいに考えたのだと思います。
今は洒落て「マルシェ」って言ってますが当時は「ガレージセール」って言うのが流行りです。お笑いコンビの様な名前でした。
軽く考えてやる事になった産直ですが一番最初に参加したのが地区の文化祭での農産物販売です。1割くらい売れなかったのですがこれは20万円くらいの売り上げがありました。だが、この翌日にとんでもないことが起きるんです。