夫婦にとって選択肢はひとつ、次の猫を見つけてくる以外に手立てがなかった。妻が子猫の情報収集に入り、翌日あたりから動きはじめようかと思っていたというタイミングで、近所の奥さんから薦められたのがくろぽんなのだった。当時生まれてやっと2ヶ月余り。チンチラを猫好きの人たちに分けてあげている知人がいるとのことで、この時の出産ではくろぽん1匹だけが産まれてきたという。

順番通りならばくろぽんはこの奥さんに貰われてゆくはずだったところ、ご主人の賛同を得ることができなかったことに加えて、既に飼っていたシャムネコとの相性が良くなかったようだ。これでは迎え入れる環境としては芳しくない。そうなると引き取った子猫をなるべく早めにどうにかしなければならないわけで、そこで、たまたま猫の失踪で私たちが打ちひしがれているのを聞いていた奥さんは、半ば哀願の心情で我が家へ見せにきたというわけだ。

いやがうえにも「赤い糸伝説」が浮かんでくる。そもそも夫婦がうたこを受け入れていなければ、猫に対する偏見を解くチャンスはなかったと言い切ってよい。うたことの生活を踏むことなしに、くろぽんは有り得なかったのだ。それと失踪の微妙な時期のこと。仮にあれが2週間ほど前後していたら、くろぽんが夫婦の元へやってきた可能性は低かったと思われる。また、うたこのカムバックに賭ける気持ちが強く働いていたのであれば、くろぽんのことは躊躇しただろう。どこか運命的なエネルギーの流れのようなものが印象される。くろぽんと私たちは約束事のように引き寄せられていったらしい。

 

これは、くろぽんとの語り尽くせぬ愉快な思い出の数々、とりわけ夫婦も舌を巻く利口さを明かすエピソードのあれこれ、そうした類を述べるつもりの文章ではない。またそれらは猫を飼っている人たちからすれば、多分ありふれた話となろう。ティッシュを全部引っ張り出して部屋中真っ白にしたとか、カーテンにぶら下がってブランコ遊びをやった、こんないたずらならば、どの家の猫ちゃんでもやりそうなことだ。

くろぽんの性格を端的に言えば、やんちゃで気が強く、厚かましくて人見知りしなかった、といったところか。黒に近い灰色の長毛で、そのうちに段々白くなってくるとのことだったが、結局変わることはなかった。が、これが滅多に見かけない毛色だったせいもあってか、高級な猫のような評価をくれた人がいたのは傑作だ。全盛時で6キロ半、訪問者が一瞬たじろぐ精悍さを誇ったが、発する声がまるっきり女のコで、このアンバランスさがくろぽんの大きな魅力でもあった。