あの後…。

「無知の横好き」を書き終えて1年半ほど経ったのち、生活上で大変化が起きた。夫婦だけで暮らすには大きすぎるほどの一軒家から、地域も変わってこじんまりしたマンションへ引っ越すことになったのである。このことで早速直面したのがいわゆる断捨離であった。こちらの作戦は引っ越し業者の手配より先ず別のグループによる運び出しのほうを優先することだった。これについては不動産屋の息がかかる連中を頼んで、大物と思われるものを家の中から追いやることだけを目標にした。例えばサイドボード、大型のタンス、本棚、自転車2台、ゴルフセット3種など。

 すっかり片が付いたあとに来てもらうタイミングになった引っ越しのプロが中を見回して、感心したような驚いたような口調で言う。「建物の大きさからおおよその見当をつけていたのですが、実際は4分の1程度の見積もりになります」。

 

 さて小物である。私に於いては本とレコードとCD、それと写真集だ。本といっても文庫本は皆無で全てハードカヴァー、元来読書家ではないが、いざ手放すとなると踏ん切りがつかず、結局未だに100冊近く残っている。写真集はアイドル系やヘアヌードもので、女房に隠すでもなしにいいトシして集めてきたものを大部分破棄した。

 最たる問題がCDだった。センチメンタルが絡んでいたり、外国から高額で取り寄せたものも多数あったりで、これこそ頭を抱える事態となった。けれども選りすぐりの宝物からわずか30数枚を残して、残る500枚ほどをその道の業者に引き取りに来させて断腸の思いで別れた。おそらく100万円ほどつぎ込んできたCD群だったのだが、何と千円札1枚と百円玉が4枚テーブルの上に置かれただけだった。

 

 死ぬまで手放すまいと決めた楽曲は、私の葬儀の席で流してもらう計画のエリート軍団である。その崇高さはまさに私だけにしか解らないものと言うしかない。

「小さな花」「ショーレム」「遙かなるアラモ」「月光のノクターン」「霧の中のロンリーシティ」「三度目のお月様」「青春に生きる」「悲しみの舞踏会」と連なる無類10傑のうちの8曲を筆頭に、「天使のらくがき」「幻のエリザベス」「テンダーイズザナイト」「オーホーリーナイト」「ドントルックエニーファーザー」「ドライヴ」「パパドントプリーチ」など思い入れの深かった外国曲。

日本の曲では「戦場の星」「さよならの夏」「花の首飾り」「アンデスの風になりたい」「愛すべきボクたち」「学生時代」「旅人よ」「マイラブマイラブ」「電車の中の娘」「回転木馬」「踊り子」「海の底でうたう唄」「恋人もいないのに」「歌姫」「白い色は恋人の色」「黒のクレール」「水の恋唄」「初恋」「傘のテーマ」「別涙」他、「上海帰りのリル」「長崎の女」「潮来花嫁さん」など昭和中頃の曲たちを手放す度胸はなかった。

 

 尚、引っ越し先で親しくなった鍼の先生に、パソコン上から携帯電話に取り込む作業を全面的にお願いすることによって、私の手に落ちた楽曲も多い。すなわちCDを確保できず長年悶々としてきた曲の数々だ。とりわけ大いなる感動は「恋のブルース」と「エリザベス1世と2世」それと「キリマンジャロ」の3曲。

他にも「輪舞」「誘惑されて棄てられて」「サバの女王」「さすらいのジャンゴ」「黒い傷あとのブルース」「内気な17才」「暗い港のブルース」「ジェラルディン」「恋する風船」と、どれも躍り上がりたくなる数々が携帯電話に収まった。

無論日本ものも「何処へ」「江戸の隠密渡り鳥」「女は小さなチャンスに賭ける」「君と歌ったアベマリア」「信濃路梓川」「少女は大人になりました」「東京の夜は楽し」「ふるさとのはなしをしよう」「夜明けのハレルヤ」。それと本間千代子の「若草の丘」をゲットした際は、懐かしさのあまり眠れぬほどの興奮を覚えたものである。

 

 先の文章を書き終えた直後に、山崎ハコの声を聴いた。「ざんげの値打ちもない」、これは北原ミレイのデビュー曲で予て好きだった曲である。詩の内容などで新人のイメージを妙に固定化してしまったのかも知れない、というふうな悔恨とも取れる回想を作詞者の阿久悠が語ったような記事を読んだ記憶があるけれども、一人の北原ミレイファンとして私はこの辺り全く無頓着のまま聴いてきた。

 年月を経るに連れて、彼女がこれを多分に勇ましく、ことさら大仰に歌うようになってきたと感じていた。ケチをつけるつもりはなかったものの、もう少しおとなしく歌ったらどうかとの思いは確かにあった。

 けれども山崎ハコの歌唱を耳にしたとたん、この楽曲はやはり女々しさのようなものが根底に流れているべきものだったと、あらためて気が付いたのだ。北原ミレイはこの曲ののち、「海を見るなら」「石狩挽歌」と名曲を世に出して私を喜ばせており、「ざんげの値打ちもない」からもはや卒業してもいいのではないかと思っている。

 

令和5年大晦日に「紅白歌合戦」の郷ひろみの箇所だけを女房に付き合ってチャンネルを合わせてみたが、あの番組は終わりにしたほうが良い。これだけを強く感じた。

 

                              2024年1月。