旅と言えば、僕の好きな本は
ホメロスの『オデュッセイア』と
ダンテの『新曲』なのですが、
僕の魂は、ベアトリーチェの愛を求めるダンテのように、
軍艦島の空気を求めて、長崎県を訪れたのです。
チェックアウトを済ませる際に、
とろサーモンのボケにそっくりなフロントの方に、
食べるべき佐世保バーガーのお店を尋ねました。
とろサーモンは奇妙な笑顔を浮かべるでもなく、声色を変えるでもなく、
(こういう接客態度が、上等なホテルに比べ劣っている所で、
一方で僕が大変に居心地よく感じる所でした)
ぴらぴらのマップを取り出し、2つのポイントを
えんぴつで囲みました

ひとつは徒歩三分にあるお店だが、
まあ、徒歩3分だし、アーケードの中にあるし、
アレですよ、と。
だが、もう一方のお店は佐世保バーガー発祥のお店で、
観光客の方に最も人気があります。
僕は丁重にお礼を言って、
自動靴磨き機でブーツを磨いてもらってから、
車で名店「ヒカリ」に向かったのです。
MTの車の運転者として
感心できることではありませんが、
佐世保から長崎市までのおよそ1時間を、
屋根を開けて風を受けながら、
佐世保バーガーを食べるという、
この土地ならではの風情ある昼食に、
僕は寝不足も忘れて期待に胸を膨らませていました。
「ヒカリ」はやはり有名なお店らしく、
お昼時ということもあって、
たいへん込み合っていました。
テイクアウト専門のようで、
さながらキャンプ場のように、
ベンチやテーブルが設置しており、
そこで佐世保バーガーを食べている人もいれば、
沿道の敷石に腰掛けている人もいました。
ここでちょっと思ったのは、
賑やかな観光地に一人でオレンジ色のダッフルコートを着ている人間は、
もしかしたら奇妙に映るかもしれないなと思いましたが、
よくよく考えれば、ダンテだって
地獄ではそこかしこで奇異の目でみられたことでしょう。
長い行列に並び、ようやくレジまで辿り着いたのですが、
そこでレジのおばさんに、
「1時間くらいかかります」と言われましたが、
名物をいただくのだから多少のリスクは承知だし、
11時だから、13:30の集合時間には間に合うだろうと
軽い考えで、お金を払って待つことにしました。

色んな人に「佐世保バーガーで1時間待ちだよ!!」とかメールして、
「佐世保バーガーいいねえ~」とか
「普通のバーガーだよ。待つ価値ないよ」とか言われながら、
時々タバコを吸ってじっと座って待っていました。
3本くらいタバコを吸う間、
前の道路でかなりひどい事故があって、
他のお客さんたちも退屈はしていないようでしたが、
そろそろ運転の準備をしなくちゃと思い
googleのナビを設定した所で、僕は気持ち悪い薄ら笑いを浮かべてしまいました。
なんの根拠もなく
僕は佐世保~長崎間を1時間と踏んでいたのですが、
到着予想時間として表示されたのは、
1時間20分でした。
あわわ、あわわ、へへへ、へへへ、と。
既に注文してから1時間は経過しているので
そろそろ出来上がる頃かとは思うのですが…
というかもう待てないわよ。とか思いながら、
しみったれた番号札を持って、そわそわと震え始めたのです。
軍艦島に旅行に来て、軍艦島に行けないかもしれない。
僕の頭の中に、地獄の業火に逆さまに落とされる人間を描いた
ウィリアム・ブレイクの版画が浮かんでいました。
10分経っても20分経っても呼ばれることなく、
僕はとうとうキャンセルをすることに決めました。
レジをおそるおそる除くと、
おばさんたちがいそいそハンバーグを焼いていましたが、
ちょうど目の合ったおばさんに、
「すいませんがもう待てないのです」と告げました。
おばさんはもう一人のおばさんとこそこそと話しを初め、
あと30分で出来上がりますとか言うのですが、
僕は震えながら
「今から予定があって、間に合わないのです。
1時間と聞いていたのですが…」
おばさんは僕の言葉にかぶせるように、
「でしょう、言いましたよね~1時間以上かかるって
できないものはできないからね~しょうがないからね~」と
僕をハンバーグ色の目で睨みつけ、
もう一人のおばさんもレタスみたいな頭をかきむしって
渋々レジからお金を取り出して渡してくれました。
おばさんだろうとハンバーグだろうと、
誰かに怒られることに僕はたいへん苦手なので、
手の震えがすさまじい勢いになりましたが、
受け取ったお金をポケットに突っ込んで、
僕はそそくさとエンジンをかけたのです。
ZOOM ZOOM ZOOM
というわけで、道路交通法の関係上、
長崎市までの道のりは省略しますが、
集合時間にはとても間に合いそうにはなかったので、
軍艦島クルーズの運営先へ連絡をし、
1時50分までに着けば何とか船に乗れること、
本来は決して許されないが、スタッフ用の駐車場を
空けてくれるとのことで、
1時55分にどうにか到着し、
僕は最後の乗客として、軍艦島行きの船に乗り込みました


船ってけっこう揺れるんだなとか、
海の上はこんなに風が強いんだなとか思いながら、
軍艦島までの道のりから見える建物や
海上の作業現場などのどうでもいい解説を聞きながら、
およそ1時間かけて、ようやく到着しました。

とうとう、僕は自分の本当の故郷に辿り着いたのです。
はじめて『深く潜れ』を観たときから
感じていた魂の故郷に、齢30にしてはじめての里帰りです。
僕はふと、”ああ、このまま死んでしまいたい”という
感覚にとらわれました。
なにせ、魂の故郷なのだから、仕方のないことです。
風の音や波のしぶき、
カモメの飛ぶ姿や崩れゆく建物
目に入る全てが何かを思い起こさせ、
人生が逆行していく目眩が襲って参ります

ガイドのどうでもいい炭坑時代の思い出話や
小うるさい観光客の女の子を尻目に、
僕はガードレールみたいなので仕切られた
歩道を緩やかに歩みながら、生まれる前の記憶に浸っていたのです。
そういえば太宰治の『逆行』という小説があったなあ
などと思いながら。

ただ、僕の里帰りは、
その入り口で強制的に終わりました。
せっかく母親の胎内まで遡ったのに、
「さあ、もう一度現世を生まれ直してください」
と言われたようなもんです。
歩道の先は行き止まりになっていて、
後はUターンをするだけでした…。
僕が歩いてきたのは
島の西半分の外周で、
そこから遠目に故郷の建物を
眺めるだけで、このツアーは精一杯なのです。
せっかく列車で里帰りをしたので、
列車から降りられなかったのと同じような失望です。
母親に会えなかったら、
バスルームのルージュの伝言も
恥ずかしいハッタリで終わってしまいます。
僕はもうどうしていいのか分からず、
帰路を向かう人並みの中できょろきょろしはじめ、
充電の少なくなったiPodで、とりあえず写真を撮りました。

帰りの船に乗り込んでからも、
僕は何が起こったのかはっきりと輪郭さえ掴めないままでしたが、
それでも船は躊躇なく海を走っていきました。
船内のアンプからはガイドの興奮しきった解説が流れていましたが、
それはほとんど家畜の悲鳴のようでした。
「みなさんんん、どうでしたかああああ~」
「今から帰りますけどねええええ。軍艦島の周りを回りますからああああ」
船は軍艦島の周囲を回り、その遠い外観をガイドが説明し、
家族連れはその度に感心したようなため息を漏らしたり、
小汚い窓から僕の故郷を下品に撮り続けました。
「ああああああ! 今日の船長はあああ、すごいですよおおお」
「こおおおおんなに近くまで寄ることはああああ 普段はぜえったああいないんですよおおお」
僕はうるさい家族連れの横の席に座り、
ぶつぶつと言葉にならない声を出していたのですが、
声と一緒に、何か違和感がのどをせり上がってきました。
「こおおおおおおおおんなに近づいたらああああ」
「その分波があああ、強くなるのでええええええ、注意いいいしてくださいねえええ」
行きの船の中から薄々感づいてはいたのですが、
大きく船が揺れ、体が持ち上げられるたびに、
佐世保バーガーの入っていない胃袋が振動し、怯え、
口の中に生暖かい酸味が広がっていきます。
「おおおおお揺れますけどねええええ」
「あのおおお、ほらああああエックスのマークが見えますかああああ」
僕はたまらず席を立ち、船内のトイレに駆け寄りました。
「あれがああああああああああああ」
「最後のメーデーの時に書かれたああああ、そのままでえええええええ」
トイレから先客が出た途端、
僕は便器に頭を突っ込みそうな勢いで、
空っぽの胃の中からこみ上げる嘔吐感を吐き出しました。
背後では、ひたすらしゃべり続けるガイドの声が
お経のように鳴り続けていました。
「あああああっ! 大丈夫うううですよおおおおお」
「右の席のねええお客様のためにねえええええ」
「もう一周しますからねええええ」
トイレの壁越しに、おそらくは僕よりも軽度ではあるが
同じ種類の苦しみを持った男性の舌打が聞こえました。
「もう帰れよ、バカ」
「ほら! あの白い建物はねえええええええええええええええええええ」
「電気屋さんんんん! 何でも売ってたんですよおおおおおおおおおお」
僕はひたすら胃の不快感を便器に吐き続け、
時折心配そうにドアを開くスタッフもおかまいなしに、
便器を抱きかかえて倒れ込み、
ほとんど意識を失いそうになりながら、
気がつくと船は帰港していました。
その頃にはすっかり、軍艦島の景色は、
便器の奥の暗闇に跡形もなく消えていました。
僕はふらつく頭と足取りで、
とりあえず幾ばくかのお土産を買い、
車に乗り込みました。
(なあ坊や! あの軍艦島キャップは、こうやって買ったのだよ!)
帰りはちょうどランタンフェスティバルの初日ということで
見慣れない道でほとんど車は動かず、
何も考えずに標識だけを頼りにしたので
高速に乗ることも思いつくことすらできずに、
およそ6時間かけて、やっとのことで自宅へ帰りました。
僕は軍艦島に行ったことなど
もはや遠い昔に行ったテーマパークぐらいにしか
思い起こすことができず、
誰とも口をききたくないようなふさぎ込んだ気持ちで、
多少の酸っぱさと、ふらつきが残る眠りを、
ひたすら眠りました。
翌日は何も予定を入れておらず、
ぼんやりした頭でふと鏡を見たら、
いつもより顔が黄色い気がしました。
黄色人種としての進化なのかとか、
食べてないけどみかんの食べ過ぎなのかとか、
お酒の飲み過ぎでどこかの臓器が腐ってきているんじゃないかとか
色んなことを考えましたが、
iPodに残された、哀れな自分と廃墟の写真を見直し、
顔が黄色くなったことだけが、
僕の一人旅で残された唯一の教訓のような気がして、
前日とは違った意味で、「もう死んでもいい」と思いました

おわり