何かを始めてそれが習慣化されてしまうと日常の一部に普通に溶け込んでしまうため、それをいざ止めようと思うとなかなかしんどいことになります。
逆の事で、継続するために一番簡単な方法はそれを習慣化して当たり前にすることではあるんですけど、やめようとするときにその習慣が邪魔になってしまうことは皮肉なことではあります。
止めることを考える
歳を重ねていくと経過した時間の分だけ、色んな興味や状況において特定のことに熱心に時間やお金をかけたりすることがあります。
しかし、当然一日のキャパシティは限られますし、歳を重ねることで生まれる制約(使える時間や体力、優先度など)もあったりして、すべてを積み重ねて吸収していくことは不可能になります。
ですので、何かを取るのであれば何かを切り捨てていかなければならなくなります。
ただ、始めるにあたって止めることを考えることなんてないわけですよ。
これをやってみようと思ったときに、同時に1か月後にはきっぱりやめようとはなかなか思いません。
もし考えているとしたらどこか冷めていて、そこまで熱心に時間やお金を投資しようとは思わないでしょうし、のめりこむ心配がないのであれば深く考える必要はありません。
(ギャンブルなど中毒性があるものはその考えを狂わせるでしょうけど)
こうして始まって習慣化されたものは、そこに投資した時間やお金の分だけ止めることを考えることを止めるようになったりします。
例えば、ゲームに課金したとして、それをきっぱりやめてしまおうと思うのは、それまでの投資が無駄になることにはなるので、例え飽きていて内容に辟易しててもなかなかやめづらかったりします。
何か夢見て勉強に打ち込んだとしても、それを手にすることは無理だといつか気が付いてしまうかもしれませんし、アスリートの挫折というのは最たるものかもしれません。
子供のころに習慣化していたものは比較的簡単に止められたりもしますけど、これは親からやらされているものであったり、新たな興味によって頭を上書きしやすいですし、お金はあまりかけられないものの時間については若さゆえに比較的持て余しているからではないでしょうか。
しかし、止められないものというのは時間の経過とともに増えていきます。
それは趣味や思考が広がっていっているからかもしれませんが、それを止める算段を考えないといけなくなるのはいつしか来ることで、何に注力するかを見直すきっかけにもなります。
もちろん、やめない選択肢を取ることもできるでしょうけど、それは何かを始めない覚悟がいることでもあったりします。
撤退戦略を考える
こういうのはビジネスの世界でも当然あって、何かサービスを始めるにあたっていつかそれが終わる可能性が0ではないにしろ、誰しも最初から撤退戦略を考えようとはしません。
サービスが成長路線に乗り、ユーザー数が増加、売り上げもそれに比例して伸びていくというToBeが描かれます。
ただ、市場がそこまで成長しなかったり、競争に敗れることもあるでしょうし、何か別の事情で資金繰りが悪化する、というケースはあるでしょうけどそういったことはリスク分析されものの、始める前からサービス自体を止める想定というのはまずしません。
アントニオ猪木氏は戦う前のインタビューアの質問に対して「出る前に負ける事考えるバカいるかよ」と答えた逸話がありますけど、まさにその通りでしょう。
ただ、結果としては誰かが勝者になれば誰かが敗者にはなります。
最初から考えるほど弱気になるなら始めないほうが良いのかもしれませんが、どう止めるのか、どう逃げるのか、どう取り外すのか、といった下調べをすることは重要なことのように思えます。
そうしないと万が一止めないといけない場合にがんじがらめの環境からでは抜け出すための労力がとんでもないことになったりします。
離婚は結婚の倍の労力がかかるって言われているそうですけど、同じようなことに思えます。
サービスを始めるよりは終わらせる労力のほうが大きいでしょう。
個人の習慣化したものを止めるのと同様、ビジネスの世界でもその環境が当たり前になってしまうと、そこで働く人がいたりお客さんやユーザー、下請けや協力会社など関連する人が出てきてそういった人の日常を壊すことにもなるわけです。
だからこそ終わり方というのをちゃんと考えておいた方がよいのかもしれません。
始めるということはいつしか終わりというものも必然的に訪れます。
始めてから終わらないための戦略というものはむやみに考えるものの、何をもって終わりにするのか、どう終わらせるのか、いつ終わらせるのか、といった撤退戦略をちゃんと考えておくことものめりこんで首が回らなくなる状況に陥る前に必要なことではないかと思います。