人それぞれ個性があるが故に、様々な考えを持ってたりスタイルがあったり生き方があるわけですが、多くの人に受入れられる無難さって言うのはそれと反するイメージが強くあまり好まれるように見えません。
ただ、多くの人に受入れられるっていう面ではこの無難さって言うのは結構大事なんだなって思うときがあります。
無難というのは自然に受入れられること
例えばファッションを取ってみても、おしゃれというのは一見して奇抜なように見え、到底自分には真似できないように思えます。
その格好はその人の個性とあいまって価値観を増して輝かせたりもしますが、多くの人が受入れられないのは事実です。
また、自分がおしゃれと思っていても周りの女の子とかに聞いてみると「自分の好みではない」「実際に近くにいたら引くわぁ~」とか本音を言われたりしてギャップを感じることがしばしばですが、無難なファッションというものも存在します。
「格好良くもないんだけど、悪くないよね」「目立たないけどセンスはいい」というような感じで要は見た人が嫌悪感を示さない格好です。
こういう風に、できるだけ多くの人が自然に受入れられる意見であったり行動であったりスタイルを持つというのはすごく難しいことです。
無難にこなすというのは、極端な意見であったり考えであったりスタイルであったりがないので、多くの人にとっては目立たない存在にはなるのですが、これはある意味面白みがないことにもなります。
嫌悪感を示さないわけであって、ひどく納得して受入れられたというのではないわけですから、下手したらどっちでもよいということにも扱われます。
そして、ひどく無難な意見というのはその人の意見ではないように受取られ返って嫌悪感を抱く対象となってしまいます。
「君の意見はないのか」って言うところなんですが、変に白黒つけようとしたがる雰囲気があまり自分は好きではなかったりするので、アンケートにはある「よくわからない」って項目のように受け流すことも必要なんじゃないかなと感じたりもするんですが、日本人はこういう曖昧なところが好きな人も多いので、日本人らしい考え方なのかもしれません。
人それぞれ考え方があるので、100%受入れられる答えなどありません。
無難というのはせいぜい半分かもう少し上の辺りまでの割合で受入れられたら良い方だと思います。
残りもさらに細分化されるので、ある一方的な意見を言ったところでその他の人たちがついてくるわけでもなく、せいぜい数%かもっと極端に少ない割合の人たちが同意するレベルの意見であって、「君の意見はないのか」の解としてそこに響くことを言ってもそれって意味があることなのか、って思ってしまいます。
まぁ、人それぞれ意見があるんだからそれをぶつける事が大切っていう無難な意見は言えるわけですが。
無難に染まるために自分を押し殺せるか
少し開発者よりの話にはなりますが、何故無難さというのが大事なのかって、それを使う人や作る人のできるだけ多くを納得させないといけないからです。
UIの話にしたって「俺はこのUIがいい」「俺はこの色が好みだ」って言ったところで、それが万人受けするわけではありません。
今では、過去の統計から導いたベストプラクティスや人間工学に基づいた情報があり、若い人に受ける流行のインターフェースであったり、年配の人が好む色であったり、そういうのが一般化してきたりしています。
ひどく奇抜なUIを使うのがよいのか、無難に使えるUIがよいのかどちらが多くの人に受入れられるためには良いのかと考えたら自然に後者になるでしょう。
要はそれも多くの人が自然と受入れられるノウハウの集大成であって、変にとんがったり斬新なものではなかったりするわけです。
こうなってくると何が無難なのかと考えるのは、自分のスタイルが無難なのかどうなのかってことにもなりかなり混乱してきます。
多くの人は、「自分は普通だ」って思っているんですが、大体は(自分も)当てはまってないからです。
多くの人に受入れられるはずの考えを持っている、服装もしている、食べ物の好みだって普通だし・・・って思っていると意外と当てはまらないことは多かったりします。
一分野で標準だとしても他の分野すべてが一般的な考えを持っているわけではないわけなんですが、物を作るって観点から見ると多種多様な分野を横断的に妥当を当てはめていかなくてはならず、それは一部では自分とのギャップを押し殺しながら進まなくてはならなくなります。
まぁ、先進的なものを作ってそれがスタンダードになるようなものを作るべきだという意見もあるとは思いますが、いきなりそんな先進的なものを投入してもみんなに受入れられるわけではないので、多くの人にとっての普通を先進的なものにするためのギャップを埋める道筋を、その多くの人がついてくるように導く戦略は必要になってくるでしょう。
そこでもまた多くの人に受入れられるための考えというものが求められます。
まとめ
ということで、無難というのは意見がないこととは違って、多くの人に受入れられるための特異な考え方かもしれません。
自分の色を出さずに他の人の色に合わせられるというのは、自分を自由に変化させられる能力が必要になってきます。
八方美人で誰にでも良いように顔色を変えていくということではありません。
母数に対しての中央値をわかってないといけませんし、それと自分がどれほどギャップがあるのかということを分析する必要もありますし、それを埋めるためにある意味自分の好みを捨てる必要も出てきます。
そういったことを経て、案外無難な意見を言うというのは難しいことなんだなと感じています。
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