場が伝えるコミュニケーション | A Day In The Boy's Life

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とあるエンジニアのとある1日のつぶやき。

感情の行き違い @ 悪態のプログラマ


コミュニケーションを構成する要素の中で「場」というのは大きなウェイトを占めるものだと思います。

このエントリに書かれているように、互いに乱暴に言い合っていても、互いの世界の中では周りが感じるほど激しいものではなかったりする事が多々あります。

仕事について熱く語っているだけで、周りから見ればそれがあたかも口論している(またはその一歩手前)ようにみえてヒヤヒヤしていることがあるようですが、割と当人同士では淡白だったりしているわけです。


「場」が持つコミュニケーションの力というのはかなり大きく、文字だけ、言葉だけ、映像だけではとてもそれに適うものではありません。

セミナーの映像を見せられてもイマイチぱっとしないのは、そこにいる「場」とそこから離れている「場」とでは温度差がかなりあって、やはり生でそこにいるとその「場」というものに引き込まれているから面白く感じたりするわけです。


その「場」を表現する事はかなり至難の業です。

文字にしても言葉にしても、それを伝えるのはあたかもその「場」にいるかのように、相手に伝えなくてはならないわけですから、相当なプロの技術がいたりするわけです。

というより、それが伝えることができる人は、その「場」を複写する事ができているわけですから、それも一つ場を作り出してコミュニケーションを取っているといえます。


仮に自分が会議の中で、苦節して練り上げた企画を熱い思いで語っていたとしましょう。

ただ、その会議の議事録にはその場を表現するような言葉は、冗長だということで省かれます。

決定された事項だけをみると、それをよしとはしない人から見れば「なんでこんな企画が通ったんだ」という事になります。

じゃあ、その場を文字に表現しようとしたら「A(企画者)は、その企画にかける熱い想いを全身を使って表現・・・」

って、まるで小説ですね。


それほどまでに文章量を重ねないと雰囲気が伝わりませんし、これだけだとしてもその「場」を100%伝えているかといえば、実際にはその数分の一も伝えられていなかったりします。

そんな場を、文字で伝えるよりは、その場を作り出した方が手っ取り早く表現できます。


場だけでなく、お互いに面と向かってコミュニケーションを取るには、言葉だけでなく顔の表情やジェスチャー、文字にすればおよそ省略されるような細かなイントネーションや音量まで全てが総括して、その「場」を作りあげているわけです。

私たちはITの進化の中でコミュニケーションを容易に取れると思っていたりしますが、実際にはその引き換えに無駄な労力を使っているのかもしれません。

IT、ITと叫んでもその場を伝えるほどITはまだ進化しきれていません。

そういったITに全てを傾倒するのではなく、声を一言かければ済む事なのに多大な時間を無駄に使っているかもしれません。