考える力 | A Day In The Boy's Life

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とあるエンジニアのとある1日のつぶやき。

あちら側に溜め込まれる無限のデータ 続編


インターネット上のコンテンツ容量(データ量)はどれくらいあるのでしょうか?

2006年1月に総務省が改訂した「インターネット概観統計集 」(※)によるとJPドメインだけで13.6TB(テラバイト)のコンテンツのデータ量がインターネット上にあるという結果が出ています。


※ P.15「コンテンツ情報量」参照。2004年2月の統計データです。


ただし、この統計時期は2004年2月のものであり、Web2.0 という言葉が誕生するより前になりBlogや動画の投稿(サービス)がまだ出始めた頃となります。

したがって、その後に爆発的なコンテンツ容量の増加があったことは目に見えて解ります。

しかも、この統計はJPドメインだけのものとなりますので、世界規模でどれだけの情報量があるのかは、想像しづらいところです。

(動画投稿の大御所であるYoutubeなどは、.comドメインになりますし日本のサイトでもJPドメイン 以外のものが多数ありますので)


人間の脳の記憶力は10TB(※)といわれているそうなので、インターネット上にあるコンテンツ容量(データ量)は人間のおよそ数百人分にあたる情報量がある事と思われます。


※ CNET Japanの「脳と記憶についての序章 」を参照


これは多いのでしょうか?少ないのでしょうか?

もちろんインターネット上に存在する全ての情報が誰にとっても有効なものかと言うとそうではないと思いますが、この10TBという記憶にはその人の人生の記録そのものも詰まっているわけで、そう考えると非常に膨大な情報量を抱えていると感じます。

(自分のあらゆる記憶がすっぽりインターネットに吸収可能なわけです)


この知の集合体であるインターネットは、この地球上でもっとも有能なナレッジデータベースとなっています。

しかも、この調べれば何でも答えてくれる神様のような存在は、そこにつながる端末があればどこからでもアクセスでき、そして誰にでも平等に存在しています。

(厳密に言えば平等ではないケースもありますが)

誰か一人のものではなく、そこにつながる全ての人のものとなっているわけです。

つまり、自分自身が余計な知識を持っていなくても、そこに問い合わせればすぐに答えを返してくれるわけです。

果たしてこれは、単に便利なものと呼べるだけのものなのでしょうか?


確かにインターネットが産声を上げてから、そこには日々情報が溜め込まれていっているわけです。

インターネットとは、そういった情報の集合体でありそれ自体がサービスとなっています。

そして、それらの集合体がまた新しいサービスを生み出してさらに情報が溜め込まれていっているわけです。


話を戻して、この何でも答えてくれる存在に頼り自分自身が持つべき知識をそぎ落としてしまうと人間の脳が退化していくのではないか?と考えてしまいます。

何でも答えてくれるなら、自分で考えなくても良いわけです。

しかし人間は考える生き物ですから、考える力を衰えさせてしまうと非常にまずいわけです。

また、「検索結果の嘘、本当 」にも書いたように、何でも答えてくれるとはいえ、そこには必ず誤りや偏ったものの見方も存在したりするわけなので、それをうまく取捨選択していかなければなりません。

何も考えずにそこにある情報をありのまま吸収する事に危険性があるのは確かだと思います。


少し極端な例になってしまいましたが、自分なりのインターネットとの付き合い方と言うのを考えてみるのも重要になってきているような気がします。



2007.03.09 追記


@ITの「世界のデジタル情報量、4年後には9億880TBに 」という記事を見ると、2006年時点でのデジタル情報量は161エクサバイト(1610億GB、1億610TB)にも上るそうです。

先に私は、インターネット上にある情報は人間の記憶量(10TB)の数百人分と予想して書いたのですが、そんな事はなく上記の情報量が正確なら、人間約1000万人分の記憶量がインターネット上に存在すると言う事になります。
ちなみに、東京都の人口は2007年2月時点で1200万にだそうです。

4年後には、9億TBの情報が存在すると予測していますので、こうなるとほぼ日本の人口分の記憶がインターネット上に存在すると言う事になってしまいます。