支配層の常套手段 | ある女子大講師

支配層の常套手段

1.支配層が人々を分断し、互いに争わせることで「自分の政治目的」を達成しようとするのは、古代からの人類の伝統だ。『全ての地は、同じ言葉と同じ言語を用いていた。東の方から移動した人々は、シンアルの地の平原に至り、そこに住みついた。そして、「さあ、煉瓦を作ろう。火で焼こう」と言い合った。彼らは石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。そして、言った、「さあ、我々の街と塔を作ろう。塔の先が天に届くほどの。あらゆる地に散って、消え去ることのないように、我々の為に名をあげよう」。主は、人の子らが作ろうとしていた街と塔とを見ようとしてお下りになり、そして仰せられた、「なるほど、彼らは一つの民で、同じ言葉を話している。この業は彼らの行いの始まりだが、おそらくこのこともやり遂げられないこともあるまい。それなら、我々は下って、彼らの言葉を乱してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できなくなるように」。主はそこから全ての地に人を散らされたので。彼らは街づくりを取りやめた。その為に、この街はバベルと名付けられた。主がそこで、全地の言葉を乱し、そこから人を全地に散らされたからである。( 「創世記」11章1-9節) 』

 

2.現在の日本は財務省が主導する緊縮財政推進のために、国民が「分断」され、攻撃的言論が活発になっている。高齢者の医療費負担問題がその典型だ。高齢者の医療費窓口負担を引き上げたい財務省は「現役世代の負担が重いのは、高齢者が優遇されているせいだ」
というルサンチマン丸出しの言い方を流布し、特に「オピニオンリーダー」と言われる人たちを活用し、国民分断を煽っている。
高齢者の負担が重くなったところで、現役世代の負担が軽くわけじゃない。しかも、お前もすぐに高齢者だぞ。高齢者負担が更に重くなり、彼らの消費が減れば、損をするのは財やサービスを生産し、所得を稼がなければならない現役世代だ。こんな見え見えの国民分断策に乗るな。支配層が人々を分断し、互いに争わせることで「自分の政治目的」を達成しようとするのは、古代からの人類の伝統だ。

 

3.人々を連携させないことで、自分に不都合なことをさせない。聖書の時代からの人類の伝統だ。財務省は国民同士を争わせることで、緊縮財政を実現しようとしている。長引くデフレの結果、日本国はギスギスとした争いが絶えない国と化している。自分のことで精いっぱいで互いのことを思いやる「余裕」が無くなり、財務省のルサンチマン宣伝は極めて効果を持つ。この状況で、人々の争いを収め、調和をもたらす人物のことを「英雄」と呼ぶ。平民派と元老院派が激しく対立した古代ローマ共和国にて、度重なる戦勝を経て平和を実現したユリウス・カエサル。キリスト教徒とイスラム教徒が殺し合いを続ける(※十字軍)中、ヤッファ条約によりエルサレム返還を実現し、平和をもたらした神聖ローマ皇帝フリードリヒ二世。カトリックとユグノー(プロテスタント)が日常的に殺し合うフランスにて、本人が五度も改宗するという変幻自在ぶりを見せ、ついに国家統一に成功したアンリ四世。などなど。


 

4.無論、三名とも時には戦うが、最後には「みんなを丸く収める」ことに成功した。もっとも、カエサルとアンリ四世は暗殺され、フリードリヒ二世はローマ教会から「神の敵」とレッテルを貼られてしまった。日本史にて、崇仏派と廃仏派が争い、ついに「天皇暗殺(崇峻天皇を蘇我馬子が殺害)」にまで至ってしまった日本国に調和をもたらしたのが聖徳太子。日本史上、暗殺された天皇は崇峻天皇ただ一人。聖徳太子こそが、真の意味における「英雄」なのだ。聖徳太子が「何」をしたのか。争いが絶えない今の日本国の人々こそ、改めて学びなおす必要がある。「日本国に争いではなく調和を齎そう」。参考:三橋貴明先生のお説より。