一本木透『あなたに心はありますか?』(小学館) | ある女子大講師

一本木透『あなたに心はありますか?』(小学館)

一本木透『あなたに心はありますか?』(小学館)

1.著者は、ミステリ作家、前作の『だから殺せなかった』で第27回鮎川哲也賞優秀賞を受賞して、新聞記者から作家デビューを果たす。本作では、人工知能(AI)をモチーフとして、まず、AIに人間のような「心」があるかどうか、次に、AIの軍事利用についてどう考えるか、を考えさせる社会派ミステリ。

 

2.主人公は東央大学工学部特任教授の胡桃沢宙太。交通事故で妻と子供を失い、自分自身も障害を負って車椅子生活。な東央大学は国立大学のトップ校ということで、東大がイメージされている。主人公の胡桃沢は盟友の二ツ木教授と産学官共同の巨大研究開発プロジェクトを立ち上げ、助教や研究員などとともに巨大企業も巻き込んでAIに心を持たせる研究をしている。その研究プロジェクトの一環となる講演会のパネルディスカッションで胡桃沢のほかに登壇した4人の研究者のうち、まず一番年配の研究者が壇上で倒れて死亡。そして、メールで残る3人の研究者の殺害予告が届く。

 

3.胡桃沢自身は最後の4人目と予告されている。同時に、東央大学工学部の内部でのAI開発の主導権争いが始まる。断固としてAIの軍事利用を拒否する胡桃沢-二ツ木の研究室に対して、政府の要望や企業の意向に沿ってAI軍事利用を進めようという他の研究室へのデータや資金の移管が画策され、軍需品製造企業のトップも研究室に乗り込んできたりする。そして、予告された連続殺人はどうなるのか、といったミステリとしての進行に加えて、AIの軍事利用に歯止めはかけられるのか、といった政治経済社会的な動向もスリリングに展開。

 

4.ラストの結末には驚愕。レビューの最後に、AIに「心」があるかどうかは「心」の定義次第だ。その上で、「心」の定義は共感力。脱線すると、その意味で、貴志祐介『悪の教典』の蓮美なんかは心がない、ということになる。ほかのホラー小説その他に登場する人物で共感力のない登場人物は多い。そして、共感力のひとつの形、人によっては最高の形というかもしれないが、それは愛情だ。最後に、「心」があるかどうかは別にして、少なくとも賢い人間やよく教育を施されたAIは、十分に心があるふりをすることが出来る。AIに心があるように振る舞えるようにすることが出来る以上、AIに心があるかどうかの議論、あるいか、AIに心をもたせることが出来るような研究、というのは意味がない。