『日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか』 | ある女子大講師

『日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか』

『日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか』

著者:上阪欣史 

1.「日本製鉄って、こんな会社だったっけ?」2022年春、日経ビジネス編集部で日本製鉄の取材を担当するようになった時のことだ。日本経済新聞社の企業報道部(現在のビジネス報道ユニット)で鉄鋼業界を担当していた16年以来、久しぶりに日本製鉄の経営を追いかけてみた。ほどなくして感じたのが、経営者や社員たちの顔つきや話しぶり、働き方が、6年前に比べてはるかに活力に満ちていることだ。まるで別の会社を取材しているような感覚に陥った。

 

2.日本製鉄は鉄の国内生産シェアで約半分を占める日本最大手。世界では第4位のメーカーだ。自動車や高層ビル、電車のレール、機械の動力源であるモーター……。鉄は私たちの身近な生活にあふれている。最近、耳にすることは減ったが、「鉄は国家なり」という言葉もある。鉄がその国の産業を繫栄させてきたことは、洋の東西を問わず歴史が証明している。日本製鉄は良くも悪くもそうした歴史の重みを背負いながら歩んできた。1901年操業の官営八幡製鉄所を実質的に引き継いだ八幡製鉄と、富士製鉄の2社が合併して新日本製鉄が誕生。2012年の住友金属工業との経営統合を経て、19年に社名を日本製鉄に改めた。
 

3.その規模は「巨艦」と呼ぶにふさわしい。全国の製鉄所の面積を足し合わせると約80平方キロメートルで、東京ドーム1715個分に相当するという。連結従業員数は約11万人。売上高に相当する売上収益は8兆円で、連結事業利益は1兆円に迫る。スケールの大きさを誇る日本製鉄だが、その分、動きが重い。経営の意思決定が遅いと指摘されることもあり、社員は「何をするにも時間がかかる」と自嘲気味に話す。
 

3.鉄鋼メーカーだから仕方ないという側面もある。製造設備は巨大で、大量の原料から大量の製品を作る。もしミスが発生すれば、莫大な損失につながりかねない。だから綿密に計画し、管理を徹底する文化が根付いている。その分、どうしても保守的になりがちで、野心的な挑戦は少ない。経団連会長や日本商工会議所会頭など財界総理を輩出してきた歴史から、体面や品位を重んじる文化もある。16年当時私が見ていた日本製鉄は、そんな「重さ」を地で行っていた。売上規模こそ大きいが、売上高営業利益率は1桁%にとどまる。新日鉄と住友金属が経営統合してから4年ほどがたっていたが、統合効果を最大限引き出すための果敢な経営判断は少なかった。なかなか変革が進まない「伝統的な日本の大企業」に見えた。
 

4.ピカピカに輝いているところもあった。技術面では、日本製鉄は世界の鉄鋼技術をけん引する存在だ。高品質な鋼(はがね)や、硬さと加工しやすさを併せ持つ鋼板などの開発・製造に関する主要特許を押さえている。人材の厚みも飛び抜けている。技術陣には名門大学の修士や博士が社内にごろごろいるし、文系出身者も多彩な能力を持つ逸材がそろっていた。
 それなのに目を見張るような成長はなく、利益率も伸び悩んでいた。取材している立場ながら、何度も日本製鉄の経営にもどかしさを感じていた。

それから6年後に再び追いかけた日本製鉄は、「重さ」から解き放たれていた。
 構造改革では製鉄所の象徴である「高炉」の廃止をあっという間に次々と決定し、海外事業を拡大すべく矢継ぎ早の巨額投資に打って出た。値決めの長年の慣習に新風を吹き込んで価格主導権を握るという出来事もあった。10万人以上の従業員を抱える大きさこそ変わらないが、その足取りは明らかに軽くなっている。だから驚き、別の会社のように感じたのだ。

極め付きが、23年12月に日本製鉄が決断した米鉄鋼大手USスチールの買収だ。その額、なんと2兆円。日本製鉄がこれほどまでの巨費を投じて米国に根を下ろそうとするなど、多くの人は考えもしなかったのではないか。
 だが、日本製鉄のここ数年の変貌ぶりを振り返れば、この野心的な挑戦すら必然のように見えてくる。

「変われない日本企業」──。高度経済成長期に一気に成長した日本の伝統的な企業がその後、海外の急成長企業に押されている様子を見て、経済メディアはこう書き立てる。私も記事でこのフレーズを使った記憶がある。
 では、伝統ある「オールドエコノミー」は本当に変われないのか。決してそんなことはないはずだ。日本の典型的な大企業であり、重厚長大産業の代表とも言える日本製鉄が変身を遂げたのだから。
 であるならば、その変化の過程を探ることで日本の大企業が変わるヒントが見えてくるに違いない。そんな思いでまとめたのが本書だ。

日本製鉄の「転生」の物語は、19年に橋本英二氏が社長に就任する頃から始まる。主力の国内製鉄事業が赤字に落ち込み、回復の見通しも立たない状況だった。そんな苦境から変革を成し遂げてみせた橋本氏や社員たちの知られざる奮闘を描いた。それは、自分も新たな変化を起こせるのではないかと勇気をくれる物語だった。

取材では経営層だけでなく、製鉄所の現場から研究開発拠点、果てはインドやタイといった海外の製鉄会社まで飛び回り、それぞれの持ち場で力を尽くす人たちと向かい合った。取材で出会った社員や関係者は、日経ビジネス誌で22年11月に掲載した特集「沈まぬ日本製鉄」と合わせると実に120人超に及ぶ。
 なお、本書に登場する方々の所属や肩書は取材時点のものとした。また、敬称は略させていただいた。社名は、区別が必要な場合を除き、旧社名もなるべく「日本製鉄」と表記した。

さあ皆さん、日本製鉄の転生の物語を一緒に追いかけてみましょう。

2.過去最大4300億円の赤字から最高益へ。瞬く間に復活し戦線を拡大する日本製鉄。その裏には、血のにじむような構造改革と企業風土の変容があった−。重厚長大産業の代表格である日本製鉄の転生を描いたノンフィクション。【「TRC MARC」の商品解説】

USスチールを2兆円で買収する大胆な決断は、この変革の延長線上にあった!

過去最大の最終赤字4300億円を計上した年から約5年、瞬く間に復活し戦線を拡大する日本製鉄。
その裏には、血のにじむような構造改革とやるべきことを最短距離で実行する企業風土への変容があった。
「動きが重い」と言われてきたかつての姿は、もうそこにはない。
重厚長大産業の中でも、代表格である日本製鉄の「転生」を描いたノンフィクションが誕生。

日本の伝統的な大企業はこんなにも変われる!【商品解説】

目次
第1章●自己否定から始まった改革 5つの高炉削減、32ライン休止の衝撃
 退路を断った「2年以内のV字回復」宣言/労組にとって「暗黒の金曜日」に ほか

第2章●「値上げなくして供給なし」 大口顧客と決死の価格交渉
 染み付いていた負け犬体質/価格交渉は「孫子の兵法」で正面突破 ほか

第3章●異例のスピードで決断 インドで過去最大M&A
 転がり込んだ千載一遇のチャンス/激しく抵抗する創業家、泥沼の訴訟合戦に ほか

第4章●動き出すグローバル3.0 「鉄は国家なり」の請負人に
 もう日本では見られない? 新しい高炉をインドに/USスチール2兆円買収も、世界各地で一貫生産 ほか

【コラム】インド発 踊る製鉄所見聞録

第5章●国内に巨額投資の覚悟 高級鋼で勝ち抜く「方程式」
 40年ぶりのライン新設、「質の転換」に巨額投資 ほか

【コラム】石油会社が認める高級鋼「油井管」の謎

第6章●脱炭素の「悪玉」論を払拭せよ 鉄づくりを抜本改革
 コークスの代わりに水素、「じゃじゃ馬」を飼いならせ ほか

第7章●「高炉を止めるな!」 八幡の防人が挑む改革後の難題
 構造改革の副作用、問われるレジリエンス ほか

第8章●原料戦線異状あり 資源会社に巨額出資
 脱炭素への切符、高品質な原料を我が手に ほか

【コラム】「鉄人」列伝 新風を吹き込め

第9章●橋本英二という男 野性と理性の間に
 「ぶれない」リーダーの肖像 ほか

【インタビュー】日本製鉄社長 橋本英二氏
「社員の給与をどれだけ増やせたか それが社長としてこだわる指標」

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