フィレンツェのこの辺りの通りに、そのアンティークショップはある。
名前は『ルカ』。
お店に入ると、他の骨董屋とは明らかに違った雰囲気が漂っていて・・・。
声をかけてもいいものか、慣れないイタリア語で
「すみません、よろしいですか?」細長い店の奥に向かって話しかける。
現れたのは、店主とおぼしき美しい女性。
いくつかの商品について説明を受けるものの、話は途切れ、彼女は再び奥へ。
商いをしようとする感じは皆無で、ただただ時間が止まったようなその空間に
彼女はひっそりと身を置くだけ。
「この絵画は?」
「そう、それはボーイフレンドが描いたものなの」
「素敵ですね」
「ありがとう、画家なの、名前はルカ」
イタリア語では続かない会話をなんとか英語で続ける。
値段を聞いて、財布の中身を想像し、二人で顔を合わせた。
頷かないのは「また今度ね」の合図。
仕方なく、店の外へ。
この辺りの通りを歩きながら、会話がやがていつものリズムを取り戻す。
「あの絵、良かったね」
「うん、良かった」
「いつかまた来ようね」
「うん、きっとね」
だからもう一度、僕らはきっとフィレンツェへ行くことになる。
ルカのガールフレンドは、自分の時間を生きている。
もしかしたらルカの描く絵の中に彼女は生きているのかもしれない。
イタリアには「満杯の酒樽と酒好きの女房を同時に持つことはでき
ない」ということわざがあるけれど、彼女もまた、たった一つの時
間の中で息をしているのだ。