電子申請なんて推進するな | 倉敷市の社会保険労務士・行政書士 板谷誠一 雑多な日記

倉敷市の社会保険労務士・行政書士 板谷誠一 雑多な日記

社会保険労務士・行政書士として仕事している板谷誠一の雑多な日記です。私は岡山県倉敷市に事務所を構えています。

平成21年10月26日(月)~11月1日(日)まで電子政府利用促進週間だった。政府がいろいろ広報していたようであるが、この期間中に僕は「電子申請なんて推進するな!」と感じていた。


労働・社会保険の手続きで現在、電子申請が不可能なものとして、「離職証明書を伴う雇用保険被保険者資格喪失届」の申請手続きがある。俗っぽい言葉で言えば、会社を辞めた時に従業員は会社からA3の緑色の紙をもらうが、その紙を発行する手続きのことである。その後、従業員(退職者)はその緑色の紙を持って、ハローワークに行き一定の手続きをすれば、手当がもらえる。


(注:あくまで「俗っぽく」書いているだけであり、法令上緑色の紙を持って行けば自動的に手当がもらえるわけではない。何の手続きのことを述べているかを分かりやすく説明したいだけである。)


この「離職証明書を伴う雇用保険被保険者資格喪失届」について、平成23年1月からオンラインで申請できるように厚生労働省が準備を進めているようだが、どうも現実的にオンライン申請できない可能性がある。なぜかといえば、「離職者の電子署名を必要とする」からだ。俗っぽく言えば、従業員の住基カードが必要ということだ。それでは、なぜ離職者の電子署名を必要とするのか。厚生労働省の見解は以下のとおり。


ここから・・・

離職票は、離職者の受給資格の有無、所定給付日数、給付制限の有無を確認するための書類であり、離職者の適正な受給を確保する観点から、離職者本人による離職証明書(離職票となるもの)の記載内容の確認は不可欠です。現在、紙の手続においては、これを担保するものとして、離職者本人による押印を求めてるところです。

このため、電子申請の実現に当たっても、離職者本人による確認を省略することは適当でなく、現時点においては、これを担保するものとして、いわば電子申請における押印である電子署名を求めることは有用であると考えてるところです。
なお、今後、利用者にとっての利便性も考慮しつつ、離職者の適正な受給を確保する観点からどのように離職者による離職証明書の確認を担保するか検討することとしているところです。

・・・ここまで


注:上記見解は

第2回 デジタル利活用のための重点点検専門調査会議事次第 の資料4-2:対象テーマ候補(個票)6-2ページの「関連する意見に対する各府省からのコメント」からの抜粋


確かに、そのとおりである。離職票記載事項について、離職者本人による記載の内容の確認は不可欠だろう。離職票の記載内容によって、給付内容が変わるのは事実であり、会社だけで勝手に記入し申請できてしまうのは、離職者の適正な受給を確保するという観点からはよくない。電子申請したからといって、その観点を考慮しなくてよいわけではない。極論を言えば、現状離職者にとって、「離職証明書を伴う雇用保険被保険者資格喪失届」が電子申請できないからといって別に何の支障もない。とにかく、A3の緑色の紙(離職票)がもらえればよいのだ。(まあ、電子申請できれば事務処理が早くなって、早めに離職者に離職票を渡すことができるのであればそれはメリットがあるだろうが・・)


さて、このブログの読者の皆さんは上記厚生労働省の見解についてどう思うだろうか。僕は、役所らしいすばらしいコメントだと思う。


しかし、このコメントを書いているのはおそらく本省の人間ではないだろうか。現場のハローワークの職員、会社で事務手続きを行っている人事担当者、離職者にこの見解を紹介すればどう思うだろうか。


・離職理由が会社側と離職者側で違っていることが多いではないか。


・確かに離職者本人に押印をお願いしているが、会社側が記入する前に、離職者本人に押印だけ求める事例が多いではないか。


・そもそも離職者押印部分についても、離職者本人の押印が取れない場合は会社の印を押印してもよいという運用を認めているではないか。


といった意見が出るだろう。つまり、上記厚生労働省の見解は原則論であり、理想論である。


確かに、厚生労働省の見解をそのまま認めることが、厚生労働省としてはよいだろう。「離職者の適正な受給を確保」という考えはすばらしい。でも、それを主張するのであれば、結果として離職者の住基カードを要求することになるわけで、おそらく電子申請の件数はそれほど増えない。つまり、せっかく新システムを導入しても利用率が向上しない。ということで僕の意見としては、


電子申請が便利だと言っておきながら、一方でハードルの高い要件を要求して、使えない電子申請システムを提供しようとしている。だったら、電子申請なんて推進するな。


ということである。会社に期待だけさせておいて、いざ電子申請をしようとするとできないという状況ならば、システムなんて提供するな、それこそ無駄遣いである。実際に、現状の電子申請システムの利用率が低いので、利用率を向上すべく措置などを講じるべきと会計検査院は指摘している。(参考:会計検査院ホームページ平成21年の随時報告  平成21年10月14日「利用が低調となっていて整備・運用等に係る経費に対してその効果が十分発現していない電子申請等関係システムについて、システムの停止、簡易なシステムへの移行など費用対効果を踏まえた措置を執るよう内閣官房等11府省等の長に対して意見を表示したもの」)


現実的な対応としては、離職者の電子署名を不要とすることだろうが、「離職者の適正な受給の確保」はやっぱり考慮されるべきだろう。ということで、一定の要件をもとに離職者の電子署名を不要とする運用になる可能性が高い。厚生労働省としても、電子署名必須とすれば、利用率が上がらないことを十分把握していると思われ、実際に利用率が上がらなければ、会計検査院はもちろん、政治家からも「無駄な予算」と見なされるだろう。もっとも、無駄な予算と見なされ新システムをストップするというのも一つの考えだと思う。使えないシステムを作る必要もなく、そして使えないシステムを広報する予算も無駄である。だから、「電子申請なんて推進するな!」と冒頭で述べたまでである。


批判めいたことばかり書いたが、厚生労働省はどのように考えているのだろうか。僕の調査不足かもしれないが厚生労働省の他の見解は見あたらない。ようは、「申請者の負担軽減」と「離職者の適正な受給の確保」この2つを両立させる必要があるということである。厚生労働省としても、さきほど紹介した見解の最後で同様のことに触れているが具体策はまだ見えてこない。