日本よ!悲しみを越えて 作家・平野啓一郎さん

 「毎日新聞」によりますと、

 「<この国はどこへ行こうとしているのか>

 ◇「まじめに」「地味に」--平野啓一郎さん(36)

 「震災後、日本には複数の時間の流れが生じました」

 東京都内のホテル高層階の喫茶店で、作家の平野啓一郎さんは、

東日本大震災後の「時間の流れ」について語り出した。

眼下のビルの窓からは人々が淡々と働く姿が見え、

自動車が整然と流れていく。震災で大きな被害を受けなかった東京は、

既に日常の時間を取り戻したように見える。

 「宮城や岩手の時間と東京、西日本の時間、そして福島の時間。

震災前は日本全体がある程度一つの時間で動いていましたが、

震災後はそれぞれの時計の針がバラバラになってしまったと感じます。

何か悲惨なことが起きた後、その出来事が終わると、やっと日常の時間が動き出します。

宮城や岩手は悲惨な津波被害を受けましたが、

津波自体は終わって日常が動き出しつつある。しかし

深刻なのは福島の時間です。原発事故が終わらないから

いつになっても日常の時間が始まらない」

 古い時間の流れが止まらないから、新しい時間が始まらない。

それは以前からあったことだが、震災を機に顕在化したと、平野さんは言う。

 「日本では、新しいことを始めないといけないとみんなが百も承知しているが、

古い時間が止まらないから始められないことがたくさんあります。

例えばエネルギー政策。原発中心の政策が終わらないから

新しい政策が始まりません。予算も労力も有限ですから、

原発を続けながら自然エネルギー開発を本格化するのは無理だと思います。

原発はやめないといけないし、続けられないと決断したところから、

イノベーション(革新)の可能性が生まれます」 

 過去の時間を断ち切れないから始まらないこと。それは他にも多くある。

作家として若い世代が直面する社会問題に向き合い、

新聞、雑誌、インターネットなどで積極的に提言をしてきた平野さん。

話は世代論に及んだ。

 「僕は今36歳ですが、僕らの世代には何の関係もないけれど、

責任が負わされていることってすごくたくさんあると思います。

原発導入にかかわったわけでもなければ、

高速道路や空港を造りまくってもいない。

中国や韓国との緊張関係も戦後処理の問題で、僕らの世代とは関係がない。

恩恵も被っているけど、僕らの世代は、決断しないといけません。

これまで時間やお金、労力を費やした分、やめられないことはあると思いますが、

問題が若い世代にゆだねられていくわけですから、

社会がその世代の決断を尊重してほしいのです。

原発事故を機にやめるべきことが顕在化した今、

それができるかどうかの正念場です」

  震災直後、「このショックをバネに日本は変わらなければいけない」

という声が大きくなり、平野さん自身もそう考えていたという。

あれから8カ月。揺り戻しのようにある種の停滞感が漂っている。

原因の一つは政治とみる。

 「政治家個人の資質の問題だけでなく、システム自体に相当問題がある。

日本だけでなく他の国々も同じですが、グローバル化以降の時代は

政府がこなせる問題の処理能力を現実の問題がはるかに超えてしまった。

どんな人間だって1日が24時間という条件は変わりません。

いくら有能な指導者でもすべての問題に対処するのは不可能でしょう」そして、

政治家だけでなくマスコミや国民一人一人が

グローバル化や情報の大きな渦の中に投げ込まれてしまっていることを

自覚すべきだと指摘する。

 「アメリカのサブプライムローン問題を発端に

世界同時不況に陥ったり、ギリシャ危機で円高が進むなど、

日本人一人一人がどんなに仕事を頑張ろうが無関係に影響を及ぼしてくる

不可抗力にさらされている。2000年代はとにかく訳が分からないまま

グローバル化していきましたが、2010年代は世界中がリンクされていくことの

功罪がかなりはっきりしてきました。グローバル化の良かった点と

悪かった点を真剣に考え、整理する時期にきています」

 震災を機に顕在化した山積する課題。解決策はあるのか。

 「問題が複雑化し膨大になった今、何か一つ大きなことをやったら

世の中がぱっと変わるなんてことはあり得ない。そういう意味で言うと、

仕事のダイナミズムってどんどんしぼんでいて、

派手さはなくなっていると思います。でも、

その地味なことを一つ一つやっていくしか

問題を解決する方法はないと思います」

 具体的にはどういうことか。平野さんは今、

漫画雑誌で「自殺」をテーマに小説を連載している。それを例にとり、

こう説明する。「自殺の原因はいじめや失恋など一つの問題と捉えられがちです。

でも実際には家庭環境とか社会状況など、複数の要因が関連している。

分析すればするほど複雑になるから、みんなそれを

見なかったことにしようとしますが、そうしている限り

自殺は減らせない。問題をほぐしてきれいに切り分け、

一つ一つに対処する必要がある。それはすごく地味な作業ですが、

それしか方法はない。何であれ地道な頑張りが称賛され、

努力が報われる社会になるべきだと思います」

 震災を機に変化の兆しも感じるという。

 「40代後半より年配の人には、今は景気が悪いが、必ず良くなるとか、

バブル(経済)ぼけしていた人がかなりいたと思います。それが、

震災が一種のショック療法になって、

現実的な考え方をすべきだという雰囲気に変わってきた。

ちゃらちゃらした時代はやっと終わって、

地味にまじめに生きなきゃいけない時代になってきていると感じます」

 「まじめに」「地味に」。こう繰り返す平野さんは、

無意識に分かりやすい処方箋を期待するこちらの胸中を見透かすように、

こう付け足した。

 「震災後によくインタビューを受けてきましたが、

やっぱり最後は希望に満ちた明るいコメントを期待されがちです。でも、

僕は空元気には限界があると思うんです。震災直後は

そういうものも必要でしたが、そのむなしさも味わいました。

すごく悲観的に言えば、日本は原発問題もあるし経済も停滞しているし、

沈みゆくタイタニック号のような雰囲気もあります。でも、

それを止められるのは、威勢の良いかけ声ではなく、

現実的で具体的な行動だけです」

 国の原子力委員会の報告によると、福島第1原発の

廃炉には30年以上を要する。大地震をもたらす地殻変動は

1000年単位で起こり、原発の放射性廃棄物処理には

10万年単位の時間がかかるとも言われる。

地味でまじめな行動が、一分一秒を生きる人間の想像を

はるかに超える難題に対処する、唯一の処方箋なのかもしれない。

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 ■ 人物略歴

 ◇ ひらの・けいいちろう

 1975年、愛知県生まれ。京大在学中の1999年に

「日蝕」で芥川賞受賞。

2009年「決壊」で芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

作品に、「葬送」「ドーン」「かたちだけの愛」など。」とのことです。

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