2022年11月30日の福井新聞に、「福井の高校生によるイタチ研究:"定説覆す大発見"在来線と外来種の交配を指摘、林野庁長官賞」なる記事が出た。在来種はニホンイタチで、外来種はシベリアイタチであるらしい。以下がその内容だ。

 

 

 


 この記事について論じる前に、Historical  Sketchを行う。2種の分類についてである。

 シベリアイタチMustela  sibirica は、ドイツ系ロシア人Pallasにより新種記載された。1773年のことである。ヨーロッパの人が良く知るイタチのオコジヨMustela  erminea、イイズナMustela  nivalis、あるいはヨーロッパケナガイタチMustela  putoriusとの顕著な違いは…吻端が黒いことであった。

 対してニホンイタチMstela  itatsiは、オランダライデン博物館のTemminckにより新種記載された。シーボルトコレクションに拠りである。その記載は主に毛色のことだ。吻端の黒色はシベリアイタチと同じだが、その他に微妙な違いがあったのである。だが毛色には個体変異というのがあるし、そもそもテミンクはシベリアイタチとの違いを十分には検討していない。そのことが107年後の1951年に、Ellerman&Morrison-Scottに付け入る隙を与えることになる。

ちなみに現在ニホンイタチとシベリアイタチの判別基準として最もポピュラーなのは、尾率(尾長/頭胴長)だ。だがテミンクは、そのことに気づいていない。ニホンイタチのメスの「異様な小ささ」にもだ。おそらくシーボルトコレクションの中にメスは入ってなかったのだろう。この2点に着目したのは、今泉吉典(1914ー2007)だ。尾率の50%オーバーがシベリアイタチで、アンダーがニホンイタチである。

 そして1951年に、エラーマン&モリソン・スコットが"暴挙"を行う。根拠を何も示さずに、「ニホンイタチはシベリアイタチの亜種である」と決めつけたのである。よってニホンイタチの学名は、Mustela  sibirica  itatsiに変更された。むろん彼等は、そのメスが異様に小さいことを知らなかったであろう。今泉吉典は知っていて、保育社の原色日本哺乳類図鑑(1960)にその計測値を示している。けれども彼は(それを根拠に)エラーマン&モリソン・スコットに反論することをせず、ニホンイタチの亜種降格を受け入れてしまったのだ。それで私が、今泉に代わって「ニホンイタチの名誉を回復しよう」と思った次第である。

 メスに限定すればだが、2種間には"size"に歴然たる違いがある。明確に不連続だ。そして頭骨には、"shape"の違いが(メスもオスも)認められた。それで十分だろうと思ったが、念のために分子遺伝学手法も用いることにした。そのように思い立った1980年代初は、キャリー・マリスのPCR技術が未だ確立していなかった。だからDNAの塩基組成を比較するのは困難だ。それで私が着目したのは、根井正利の遺伝距離の概念だ。

 遺伝距離とは、「集団間または種間の遺伝子の違いの程度を、何らかの尺度で測ったもの」である。進化研究のためには「遺伝子多型のデータから1遺伝子座(loci)あたりのコドン差異数を推定することが可能」であり、その目的のためには「電気泳動による研究から得られたデータが有効である」という。で、やりました。その電気泳動のラボの作業を、川本芳氏(当時京大霊長類研究所大学院生)が立てた実験計画通りに。そして遺伝距離の値が算出された。

 哺乳類においては、種間の遺伝距離は0.05以上と認識されている。ニホンイタチとシベリアイタチの遺伝距離は、その条件を満たしていた。よってこれらは「やはり別種である」と私は結論し、その結果を日本動物学会大会で発表し、英文要旨を学会誌"Zoological  Science"に載せた。そしてその後、北海道大学の増田隆一が(PCRを駆使して)2種のDNA塩基組成を解読し、「ニホンイタチはやはり独立種である」ことが確定したのだ。

 さて、福井の高校生の研究のこと。遺伝距離の値が0.05以上…つまり別種であっても、F1が出来ることはまま有る筈だ。2種の染色体数はいずれも38である。ファンダメンタルナンバーは異なるが、それでもF1は出来て何ら不思議ではない。

 だから「常識を覆す大発見」という自画自賛は、ちょっとどうかと思う。ただ、ニホンイタチとシベリアイタチの間でF1が出来るということは、これまで知られていなかった。そのことでのプライオリティはある。是非その結果を日本哺乳類学会大会で発表し、更には然るべきジャーナルに論文を掲載して欲しい。 

 後出しジャンケン的な言い方だけれども、F1の存在は実は私も想定していた。佐賀県で環境アセスメントのビジネスをしていた時に、「ん?、これは!」というイタチを罠捕獲したことがあるからだ。オスであるその個体の毛色はどう見てもシベリアイタチだったが、尾率が50%アンダー…つまりニホンイタチの領域だったのである。

 ニホンイタチ的な毛色の個体の尾率が50%オーバーの例を、私は知らない。そしてシベリアイタチ的な毛色の(オスの)個体の尾率が50%アンダーの例も、私は知らない。けれどもシベリアイタチ的な毛色の(メスの)個体の尾率が50%アンダーの例は、稀にある。

 ただこの違いは、成獣に限ってのことだ。幼獣では、シベリアイタチも(オス・メス共に)尾率50%アンダーだ。稀に成獣でも尾率が50%アンダーになるシベリアイタチのメスは、ネオテニー的なのであろう。

 けれども佐賀のあのイタチは、オスだった。だから私は「ん?」と思い、そして「あれはF1だったかもしれない」と、今にして思うのである。アセスの報告では、強引に「ニホンイタチのオスである」としてしまったが。

 だがF1が出来る可能性は、ニホンイタチのオスとシベリアイタチのメスの交配に限られるのではないか?。福井の高校生は「母方がニホンイタチで、父方がシベリアイタチの雑種」も発見したと言うのだが、それはちょっと信じ難い。体のsizeが違い過ぎるからである。

 イタチ類は交尾排卵だ。オスはメスの背後に回り、その首背面を咬む。そしてその姿勢のままで、ペニスをメスの膣内に入れる。交尾時間は30分を越えるのが普通である。そしてメスは首の痛みが刺激になって排卵し、受精と着床が起こる。ちなみにテン類とは違って、着床遅延は起こらない。

 而してシベリアイタチの(オスとメスの)sizeの違いは、平均体重において2倍だ。かなり違うが、それならまあ普通に交尾出来るだろう。だがニホンイタチのオスの平均体重はメスの3倍余で、交尾はかなり際どくなる。ましてシベリアイタチのオスの平均体重は(ニホンイタチのメスの)約5倍だから、「交尾は無理だよ」と思える。

 ただオスは(イタチ類に限らず)、メスより個体変異の幅が大だ。稀にだが体重が550gアンダーのシベリアイタチのオスも存在し、その値はニホンイタチのメスの約3倍だ。だから前述の「無理だよ」の言は撤回する。「極めてあり得にくい」と訂正する。

 でもともかくこの件では、データの信憑性が疑われる。その疑いを払拭するためにも、データをアカデミズムの場に出して欲しい。環境省にイタチの分類や生態が分かる者がいるとは思えずで、分子遺伝の専門家もいない筈だからである。

 外部形態による2種の判別のこと。このことでも福井の高校生の論は納得し難い。私の知る限りでは、どちらのイタチにも「鼻の上部の白斑」なぞ無い。そして他の2つの判別点は明記されていない。1つは尾率だと思うのだが、もうひとつは何なのか?。

 胴(背部)の色彩は、おおざっぱに言ってニホンイタチは濃色だ(写真1)。だが時にはシベリアイタチに似て、かなり淡色のニホンイタチも存在する(写真2)。その場合、頬の色彩が参考になる。ニホンイタチの場合、頬はモノクロに近く、茶色系主体の胴の色彩と異なる(同じく写真2)。

 

【写真1】

二ホンイタチ

 

 

【写真2】

淡色の二ホンイタチ



 その傾向はオスで顕著で、メスではやや曖昧だ。でもメスもニホンイタチでは、頬の色彩は(胴よりも)やや淡い。

 ちなみに写真3はニホンイタチのメスで、写真4はシベリアイタチのメスである(オスは上半身のみ)。後者は頬の色彩が胴と同じだ。

 

【写真3】

二ホンイタチのメス

 

【写真4】

シベリアイタチのメス

 最後に、保全のこと。福井の高校生は雑種の蔓延がニホンイタチを脅かすと考え、そのオスを狩猟対象から外すことを提案している。そしてシベリアイタチの駆除を訴える。そのことについての、私の考えを記す。

 雑種がF1に留まってF2以降が出来ないのなら、それはさして問題ないと思う。ただもしニホンイタチのメスとシベリアイタチのオスのF1が本当に出来ていて、しかもそれが高頻度ならば、問題になりうる。ニホンイタチのメスの(本来の)繁殖機会が奪われるからだ。それはいまヨーロッパミンクとアメリカミンクの間で起きていることで、前者は絶滅危惧であるという。

 ただしかし…Neovison属(ミンク)の2種は、nicheがかなり似ている。対してニホンイタチとシベリアイタチは、すみわけの関係にある。そもそも遭遇の確率がかなり低いのではないか?。そして稀に出会っても、ニホンイタチのメスはモグラ穴等に潜り込める。シベリアイタチのオスがそれをするのは難しい。

 でもま…2種がすみわけの関係にあるのは近畿における事情であり、福井では違うのかもしれない。福井では、棲息環境がかなり重なるのかもしれない。有り得にくいように思うけど、予断と偏見は禁物だ。福井の高校生たちには、生態調査をちゃんと行うべしと勧めたい。

 もし福井では2種がすみわけをせず競合の関係にあるとしても、シベリアイタチを駆除することには私は反対である。世界レベルで見た場合、シベリアイタチはNT(準絶滅危惧種)相当なのだ。西日本の都市における繁栄は奇跡なのであり、そのことは(世界レベルでは)尊重すべきと思う。

 そしてニホンイタチの保全において肝要なのは、メスだ。ニホンイタチのメスは行動圏が狭い。その狭いレンジの中に、良質な餌場と安全なシェルターを兼ね備えていなければならない。そのような環境が、いま激減している。本種の保全のために必要なのは、環境の保全(ないしは復元)だと思う。

 とりあえず求められるのは、ニコチノイド系農薬の使用制限だ。その過度使用により、農耕地における昆虫や甲殻類が激減している。おそらくミミズも減っているだろう。ニホンイタチは基本的に里山動物であり、これらは本種の主要食物だ。だからその減少は、由々しき問題なのである。

 これにて本話を終了するつもりだろうが、気が変わった。朝日新聞夕刊(2023年2月6日)が改めて、「高校生が新発見」なるタイトルの記事を載せたからである。その内容は福井新聞と全く同じではない故、以下に少しく紹介する。

 高校生達が調べたのは、福井の博物館に冷凍保存されていた20個体だという。それ、たぶん神奈川の博物館に転じた鈴木聡が集めたものだな。ともあれそれを高校生達が簡易法でDNA分析したところ、14個体がシベリアイタチ、6個体がニホンイタチと判定されたとのことだ。オスメスの違いは記されていない。

 だがシベリアイタチと判定された14個体のうち、3個体は尾率が50%アンダー…つまりニホンイタチ的だった。そのことで高校生達は苦慮し、3点法なるものを考案した。シベリアイタチと判定された14個体はいずれも鼻の上部が白色で、頬と胴が同色だったようである。対してニホンイタチと判定された6個体はいずれも鼻の上部が黒色で、頬と胴の色が異なった。

 つまり3点とは…尾率と、頬と胴の色の異同と、鼻の上部の色である。この3点のうち2点が満たされればその個体はシベリアイタチ(ないしはニホンイタチ)と判定されるという論法だ。

 だがこのメソッドは駄目だ。鼻の上部の色には個体差がある。添付写真2はニホンイタチオス(と私は判定)だが、鼻の上部は黒くない。そして写真4はシベリアイタチメス(と私は判定)だが、鼻の上部は白くない。つまり、鼻の上部の色彩はあてにならない。 

 そもそも尾率が50%以下の(DNA判定における)シベリアイタチは、亜成獣ではないか?。前述のように幼獣は尾率50%以下であり、その名残を留めている可能性がある。そして極めて稀に、成獣メスの尾率が50%以下のことがある。

 交雑個体と判定されたのは1個体だけのようだ。その個体については、「大学の研究室にDNA型の詳しい解析を依頼したところ、父方が外来種(シベリアイタチイタチ)で、母方が在来種(ニホンイタチ)と判明した」とのことである。前述のように、ニホンイタチメスとシベリアイタチオスの交尾はあり得にくい。だが絶対に起こらないとも言い得ない。ともかくそのデータをアカデミズムの場に出すことだ。専門誌に論文を載せることがベターだが、少なくとも学会発表をして欲しい。でないと、真贋の判断が出来ない。

 保全については、「イタチの駆除では、外来種(シベリアイタチ)はオスとメス、在来種(ニホンイタチ)はオスが対象となっている。頭数を絞って被害を抑えながら、在来種のメスは守って種を保存するためだ」という論が述べられる。そして「捕獲時に種を判定出来れば、駆除と保存の両方が可能になる」という述で、この記事は終わる。

 高校生達と朝日新聞は、何か勘違いをしているのではないか?。日本に分布する哺乳類は(特定外来生物を除いて)基本的に保護獣である。だがその中のあるものは、狩猟獣と指定されている。シベリアイタチはオス・メス共に狩猟獣で、ニホンイタチはオスのみが狩猟獣だ。狩猟獣といえども、無闇に駆除することは出来ない。狩猟免許を持つ者がその地域の自治体に捕獲許可申請をし、許しが得られて初めて駆除することが出来るのである。

 イタチ用の捕殺罠では、ニホンイタチのメスも死ぬ可能性がある。だから現在は、生け捕り罠しか使用が許されない筈だ。

 そしてニホンイタチのメスは異様に小さいから、罠の中ではっきりそれと分かる。3点法なるものを、使うまでもないのである。

 

 


 

動物研究者・渡辺茂樹が顧問として在籍する

害獣駆除業者アスワット公式HP

下矢印

アスワットHPバナー大

 


 

鉛筆アスワット代表・福永健司のブログ鉛筆

害獣駆除 アスワットの奮闘記

こちらをクリック

下矢印
害獣駆除アスワットの奮闘記ブログバナー

 


 

四角グリーンアスワットの仕事ぶりをお客様が評価!四角グリーン

アスワットのGoogleクチコミは

こちらをクリック!

下矢印

アスワットのGoogleクチコミ

 


 

ベルアスワット代表・福永健司の

テレビなどの出演履歴はコチラベル

下矢印

アスワット代表の福永健司メディア出演バナー

 


 

四角グリーン害獣駆除専門  アスワット テレビCM四角グリーン