前回の続きです。
焼酎づくり伝承展示館 杜氏の里笠沙へ来ました。
明治30年代から昭和中期にかけて活躍した
黒瀬杜氏といわれる伝説の杜氏集団の伝統技術を
伝承するためのミュージアムです。
かつての鹿児島では
自家製の焼酎づくりが当たり前だったそうですが、
明治32年の酒税法により免許が必要になりました。
そうしたなか黒瀬集落から生まれた3人の杜氏が、
焼酎造りを県内外各地に広めていったそうです。
焼酎需要が広がった昭和30~40年代には、
黒瀬杜氏は6代目まで発展し300人以上いたようですよ。
高度成長期を迎えた昭和40年代、機械化の波に押され
黒瀬杜氏は活躍の場を失っていきました。
今も現役で焼酎造りに関わっているのは数名だそうです。
ですが、機械に頼らない昔ながらの焼酎造りが
再びスポットライトを浴びてるようですね。
展示館に入ると、
老杜氏がいきなり喋り出すのでギョッとします。
焼酎造りをわかりやすく展示してました。
仕込み時期は焼酎が出来る春先まで蔵元で寝泊まりし、
昼夜の別なく作業していたそうです。
鹿児島の焼酎、こんなにあるのですね。
併設されている伝承工場では、極力機械に頼らない
昔ながらの焼酎醸造の様子を見学できます。
残念ながら仕込み時期は8月~12月なので、
当然ですが誰もいませんでした。
試飲のできるショップでは、
運転するボクに代わりカミさんが試飲して
「薩摩すんくじら」と「黒瀬杜氏」を購入しましたよ。
すんくじらとは、端っこという意味だそうです。
杜氏の里笠沙を後にして、国道を挟んだ向かいにある
黒瀬展望ミュージアム笠沙美術館へ来ました。
駐車場からブリッジを渡ると、
東シナ海を望める美術館の屋上へ来ます。
正面に見える沖秋目島には、
昭和25年まで人が住んでいたそうです。
八坂神社が残っているそうですよ。
手前の木々の向こうに突き出たところは黒瀬海岸で、
高千穂峰に降り立った天孫ニギギが
海を渡って上陸した場所とされています。
別名、神渡海岸といわれる所以ですね。
高台に建つ笠沙美術館には、
地元出身の黒瀬画伯の寄贈作品が展示されていました。
建物の設計は、工業デザイナーでJR九州の観光列車
「ななつ星in九州」をデザインした水戸岡鋭治氏です。
海の見える美術館としてロケーションも最高ですが、
なんと無料で入館できるんですよ。
受付の方も親切でした。
沖秋目島の案内を見てるところを撮っていただきました。
沖秋目島を正面に望む展望所へ移動してきました。
じつはこの沖秋目島は、
映画007「007は二度死ぬ」のロケ地のひとつです。
ショーン・コネリー主演の「007は二度死ぬ」は、
オープニングを除き全編日本が舞台でした。
丹波哲郎や浜美枝、若林映子が共演してます。
ボンドカーは、トヨタ2000GTのオープンカー。
展望所から笠沙美術館(茶色の建物)を望む。
秋目港を望む高台に撮影記念碑がありました。
ショーン・コネリーや丹波哲郎のサインが入っています。
この秋目集落にショーン・コネリーが来たのかと
思いを巡らせましたね。
現在の秋目港と、撮影当時の秋目港。
秋目浦と呼ばれるこちらでも撮影が行われたそうです。
秋目港の近くに鑑真記念館がありました。
鑑真は、奈良時代に日本へ仏教を伝えるため
遣唐使船に乗り中国からやってきた僧侶です。
秋目港は遣唐使船の寄港地の一つで、
12年間に5回の渡航を試みて失敗、
6回目にしてようやく日本の地を踏んだそうですよ。
沖秋目島を遠くに望める場所で車を停めました。
神話の地、そして007のロケ地にサヨナラです。
お土産を買うため枕崎のお魚センターへ寄りました。
じつに9年ぶりです。
帰るルートを検索中にグーグルマップで見つけ、
気になった場所へ寄り道しました。
台風時、暴風雨に耐える姿がライブカメラに映し出される
何の変哲もないヤシの木です。
カメラに映るヤシの木は、一番奥の木だとか。
「勇気の木ヤッシー」とグーグルマップに載っていて、
枕崎市民の愛を感じましたね。
カミさんの実家までは、指宿スカイラインで帰りました。
途中寄った展望所から、雄大な桜島を望みましたよ。
続きます。































