毎年 1日くらいは出かけていた
GWでしたが もう人混みの中
はいいや…となり 今年は
お出かけしないGWとなりました。





1日は次女の家で
"イカスミパスタが食べたい"と
言われ 作りに行きました。
夫と長女と孫3も加わり
5人分を作りました。

その時の孫3と4が並んだところ
👇



パンツはみ出し孫3

👇

5年の成長はすごいものですね汗



4日は封印してきた物置兼

猫さま部屋の片付けを行い

だいぶスッキリしまして

達成感がありました😊





👣




5月3日は職場の水害避難訓練で
ハイキングを兼ねて
片道2.5キロ 往復5キロほどを
歩き お弁当を食べて帰る、
というのをしました。

どう考えても 大雨の中 避難
している最中に流されてしまうよね💦
を確認したような避難訓練でした
今後の課題となりました。


まぁでも
歩くことは体にいいですから😓




🏠



子供の日に
元上司の先生のお宅に伺いました。

いよいよ施設への
引っ越しも来週末となり
お家での生活も1週間を
切りました。

相変わらず この仔がいました、
いや正確には今回は別の部屋に居た
ゴリラが増えて 2人並んでいました
👇

先生に"この仔たちも

連れていくんですかはてなマーク"と聞いてみると

👵「当たり前ですよ❣️」との

お返事でした😅

なんでもゴリラくんのエプロンは

16歳になられる孫1くんが赤ん坊

の時に使っていたあぶちゃんで


くまちゃんが着ているドレスは

今年14歳になられる

孫2ちゃんがやはり赤ちゃんの時に

着ていたものだそう…


その物もちの良さに驚くとともに

お孫さん達への先生の深い深い愛情を

見た感じでした。


本当のところ

3月にお会いしたあとで

先生の膠原病が再発し いっときは

酸素濃度が70%を切るような状態で

緊急入院となり 抗生剤やステロイド

での治療を受けたそうです。



幸い1ヶ月近くの入院で回復され

引っ越しもできるようになったんだとか。


かかりつけの薬剤師さんからは

先生の年齢で膠原病の再発で

生還できたケースは初めてですよ

と言われたとか。


👵「私 今 逝くわけにはいかないのよ❗️

娘が困りきることは目に見えてるから。

自分の家は自分で始末をつけないと。

だから 病院食を全て食べることを

頑張ったの 何から何まで頂きましたよ

そうしたらね、体はこの歳でも

元気になるものね」とも仰る


もう…その精神力に脱帽でしかないです。


👵「この家ね、◯千◯百万で

売れたのね 私 どうにかして

少しでも多くあの子たち(ハンディを

お待ちのお孫さん達)に残せないものかと

そればかり考えているのよ どうか

あの子たちが困ることなく

幸せな人生になってもらいたい」

と仰るのを聞いていると思わず

うるっときてしまう。


一方で私にはできないことだわ、とも思う…

常日頃 私は子供(孫)のことは親がすべき、

との考えなので 年1のお年玉以外は

何もしていません😓ので🙇🏻‍♀️




おうちの中の家具や物品は

親類やご近所の方などに要るものは

貰ってもらったそうで だいぶ

がらんとしていました。


残った物は解体時に処分して

もらえることになったそうで

ほっとしました。


でも空間が増えた家の中で

先生が一人で右往左往されてるのかと

想像すると なんだか切ない汗



雑草が目立つ庭に目をやると

蕗がたくさん生えていたので

「先生 少し頂けますか?」と尋ねると

「いくらでも持っていって」と言って

下さったので 食べられるだけ

頂いてきました


翌日 夫の姪っ子家族がきたので

筍や春野菜の煮物に入れてご馳走しました。

みんな"美味しい😋"と食べてくれました。


長年通った先生の家がなくなってしまう

のかと思うとやはり寂しいです。



でもここのところ お会いする度に

より身体の衰えを感じるのは否めない

ので 今が限界かな?とも思えます。



👵「引っ越しても あなた

たまにでいいから 会いにきて

もらえるはてなマーク」と訊かれて

"行きますよ‼️そんなに遠くない

ですから"と答えてはみたものの


この引っ越しのがんばりや

新しい環境への変化で

お疲れが出ないものかと余計な

心配もしてしまいます。



先生の人生最後の新たなスタートが

穏やかに順調に進んでいかれることを

祈るばかりです。