日付が変わったので、本日となります。
1年5ヶ月ほどかかりましたが
お互い地元ではないこの地に。
旦那と最後一緒に過ごしたこの地に建てたお墓。に、
旦那を納骨する日がやってまいりました。
家から車で10分ほどの場所🫣
変わり果てた姿とはいえ、あれからずっとそこにいた。
家にいた。私達を見守るかのように
主張したゴールドのカバーを纏って。
ずっと、当たり前に側にいました。
そんな骨になった旦那をいざ納骨と思うと、、
日々段々と思い出すことも減ったけど。
声も思い出せないけど。
私は"今"を
旦那がいなくなった世界で着実に生きてるけど。
ちょっぴり気になる人もいるけど。🫣爆
寂しいなって思ってます。
そして、家を離れてお外に収納、、
なんか可哀想だなって思います。
骨になっても、やっぱり私の旦那なんだな、、とか思います。
とても素直に思う事を言葉にしてみたものですが、
きっと共感できる人は
同じような経験した方の中でもごく一部なんじゃないかな🙄
綺麗な感情の喪失とも違う。
悲劇の未亡人とも思ってない。
ただ、いなくなった。
ただ、二度と話すことができなくなった。
ただ、もう会うことも触れることもできなくなった。
旦那だけあの日から時が止まった。
私だけあの日からも時は過ぎ進んでいる。
最近は年齢的なものもあるのかもしれないですが、
あまり人見知りしなくなってきた。
人に壁とか線を張らなくなってきた。
誰にどう思われようがとか気にしなくなってきた。
そしたらなんか毎日悩むは悩むけど、
苦しくはなくなってきました😆
子育てピークの高一ツインズを社会に送り出すのが1番の使命と思って今は必死に生きていますが。
そんな日々の中でも、趣味は惜しみなく🏀最低限の自己投資で💅自分を大切に。
人に優しく、自分にも優しく😆
交友関係、広く深く😆
そやって私はまだ生きてくね‼️たまに会いにくるからね🖐️
ってお墓に収納された旦那に言ってやろうと思ってます。