数日前、僕と1つ下の後輩が会社を退職しました。
その後輩は入社した頃、僕が面倒を見ていました。
ただ、僕自身は設計、後輩は違う分野へ進むということで、面倒を見たのは2カ月程度でした。
僕自身、それが凄く気がかりで、ずっとずっと気がかりで、気が付けば1年が経とうとしていました。
気がかりだったのは、他の後輩は、ちゃんと先輩が面倒みている中で、僕だけが「後輩が違う分野に進んだから」という理由だけで、何もしてやれなかったから。
廊下ですれ違って、挨拶するぐらい。
それぐらいの関係性でした。
でも、それは、その後輩が、いつまでもとは言わないけれど、今後しばらく、今の会社にいるだろうと思っていたからかもしれません。
誰もが、いつしか、別れることになる、人が死ぬのと同じように、出会うということは、別れるということに、僕自身、気付いていたのに、気付いていないふりをしていただけなのかもしれません。
突然の退職の知らせ。
信じられませんでした。
後輩は自分の夢を追うからだ、と言っていました。
僕自身、その瞬間、その後輩の夢すら知らなかったんだな、と思い知りました。
退職の日、僕は彼女の前で泣いてしまいました。
本当に悲しかった。
人が辞めるということが、こんなに悲しいことだとは、思っていませんでした。
辞めると解っていたら、もっと優しくしていたのだろうか。
どこかへ行くと知っていたら、もっと接していたのだろうか。
いつかは別れると解っているのに、素直になれなくて、親切が出来なくて、無愛想になってしまい、でも、瞼を閉じて、再び開けば、そこに後輩の姿が無いと解った瞬間、自分の不甲斐無さに、涙が止まりませんでした。
それで思い出すのが、祖母です。
うちの祖母は認知症を患っていて、老衰もあり、もってあと3か月だそうです。
毎週、実家に帰り、一緒に晩御飯を食べています。
認知症なので、会話が噛み合わないことが多く、時々イライラするのですが、それでも、家に帰る時には「なぜもっと優しくしてやれないのか」と後悔しています。
僕自身、片親だったせいもあって、祖母には優しく育てられました。
親はいつも働きに出ていたので、祖母が家まで来てくれて、晩御飯を買ってくれました。
だいたい吉野家の牛丼か、近所のスーパーで買ってきた惣菜系。
それでも、美味しかった。
1人じゃない。
それが僕を強くしてくれた。
それなのに、いつからでしょうね。
祖母を邪険に扱うようになったのは。
きっと、1人で生きていけると錯覚した頃でしょうかね。
高校2年生の頃、イジメに合い、死にたくて死にたくて仕方が無かったからかもしれません。
実際、生きている意味が解らなかったんで、20歳で死のうと思っていました。
あれは確か、僕が18歳の頃でしょうか。
その日、たまたま僕は実家に帰っていました。
その頃は月に1回、実家に帰って祖父母に会っていたように思います。
夜中の10時半ごろでしょうか。
友達から電話がありました。
「これから飲もう」
そんな誘いでした。
イジメを受けていて、友達のいなかった僕はその誘いに乗りました。
祖母に「これから遊びに行ってくる」と言いました。
「こんな夜遅くに止めときぃ」
「明日は、肉じゃがやでぇ」
何度も呼び止められました。
「俺、肉じゃが嫌いやから」
僕はそれを振り切って友達に会いに行きました。
次の日。
祖母が倒れたと知らせを受けました。
心筋梗塞。
今夜が山だそうです。
その時の、僕のショックを、誰か理解してくれるでしょうか。
きっと、僕が肉じゃがを食べなかったからだ。
何度も僕は、昨日の僕を恨みました。何度も。
祖母は、目を瞑り、鼻からチューブを入れられ、僕はその姿を見て絶句しました。
もう、ダメかもしれない。
死んだらあかん。
そんな気持ちは全然なかったです。
ごめんなさい。
懺悔の気持ちしか無かった。
肉じゃが食べなくてごめんなさい。
我儘言ってごめんなさい。
偉そうに言ってごめんなさい。
ごめんなさい。
謝るから。
もう、わがまま言わないから。
ごめんなさい、って言わせて。
だから目をあけて。
お願いします。
おばあちゃん。
ごめんなさいって言わせて。
なぁ。
頼む。
おばあちゃん。
なんか言って。
何度も、何度も何度も何度も、言いました。
祈りました。
3時間ほどして、祖母の意識が回復しました。
何とか持ち堪えただろう。
医師は、そう言いました。
家族がひと段落して、とりあえず祖母の家に戻りました。
お腹がすいていました。
キッチンには、肉じゃががありました。
僕が嫌いと言った肉じゃが。
火をかけ、暖めました。
美味しい。
なんで、こんなに美味しいのを、今まで食べなかったんだろう。
その瞬間、涙が止まらくなりました。
今まで、いることが当たり前だと思っていた人が、もしかしたら明日死んでもしまうかもしれない。
いなくなるかもしれない。
さよならも言えないままに、お別れをすることになるかもしれない。
それなのに、僕は。
今度は、後輩に向かって言えました。
お疲れ様。
今まで、お疲れ様。
新天地で、頑張れ。
別れは悲しい。
でも、さよならと言えない別れの方が、もっと悲しい。
僕は言うよ。
今度は言うよ。
悲しいけれど、おばあちゃん、本当に今までありがとう、ほんまにありがとう、って言うよ。
おばあちゃんが作ってくれた肉じゃが、美味しかった。
テンプラも作ってくれたね。
いつも、おかんに怒られる俺を庇ってくれてありがとう。
優しくしてくれてありがとう。
ほんま、ありがとう。
おばあちゃん。
ありがとうな。