3月7日
又、冷えて来た。花冷えか。
春の茶会で良く合う、桜の宣長。
本居宣長は、国学者として有名だが、実際の業績から考えると、国文学者。
古事記が、完成して数世紀で解読不能になった。
文法が、口語と漢文が混じり、言葉の音に漢字を当て、統一性無く書かれていたから。
中身を知らなければ、解読不可能になって当然。
その期間実に1000年。
師匠の賀茂真淵と父と宣長で解読し、古事記伝を書いた。
この方が、賀茂真淵さん。
これが業績なので、作業としては国文学者の仕事。
何故国学の祖に成ったかは、日本の歴史を知ると、代々天皇家が中心に動いて来たのが解る。
当時の絶対権力者の江戸幕府は、短期間で全権を持っていたのが、特異な形だとも解る。
そこで、当時の学識者達は、日本の本来の流れを学ぶべきと、気が付いた。
それを学ぶのが、国学。
国学は、今は無いが、戦前までは、それを一番上手に使った、官軍、陸軍、政府のお陰で、日本のメインの学問だった。
よって、戦後は全否定され、無くなった。
そして、彼らの国文学者としての業績までも、消された。
廃仏毀釈の時と同様の事が起きた。
日本人の最大の欠点だ。
要は学が無いので、遠くから見れないだけ。困ったものだ。
今日はここまで。

