O方さん効果でラボノートの作成を徹底するように研究所の幹部からの通達があった。グループリーダーは研究員のノートを定期的にチェックするようにお達しがあった。リーダーなのに、あまり普段からノートをとる癖がない自分としては何とも気恥ずかしい気分だ。
そもそもラボノート作成の目的は何か?私は、一言で言えば、自分自身のためであると思っている。ラボの財産、研究所の財産という側面もあるが、第一義的には自分のためだと思う。自分が最初の発見者であるということを主張するための証拠として、ラボノートは重要な証拠品となる。特許などを申請する際にも有効である。
また、論文のデータに改ざんやねつ造がないということを後で証明する時にも有効である。しかし不謹慎と言われるかもしれないが、個人的には一番のラボノートの利用価値は自分の頭を整理するためのメモ代わりと思っている。多くのプロトコールをまとめて、ノートしておくと、また同じ実験をする時にプロトコールを探さなくて済むので時間の無駄がない。思いついたアイデアを書き留めておくのもいい。おそらく、ラボノートをいつもきちんと書く人からすると、二流のだらしない研究者と見られる事だろう。
しかし、私はそもそも特許争いとか興味ないし、データをねつ造してまで論文発表したいとも思わない。誤解を恐れずに言えば、他の誰かのためにラボノートを書くのではなく、自分のために書くということだ。がんを撲滅するために研究しているのであって、他の研究者と競争して勝つためにやっているわけではない。もちろん、ラボノートは研究所が管理、保管するものなので最低限、人が読めるように記録するのは当然ではある。実験をしながら、記録を書くという作業は結構バランスが難しい。ただ、正確な記録が主体になってしまい、独創的なアイデアや実験時間が損なわれるのならば本末転倒だと思う。
研究者を性善説で見るか、性悪説で見るか。研究論文を出世だけの道具としてしか考えない今の風潮からすれば、性悪説に立って研究者の不正を見張っていないといけないのだろう。研究員のノートをチェックする時は、少し恥ずかしいような、さみしいような複雑な気持ちになる。