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小説家の渡辺淳一の訃報を聞いた。私は子供の頃から本を読むのが嫌いで、特に小説などはめったに読まない。ただ、自分がまだ医者になり立ての頃、いろいろ悩んでいた時期があって、同じ医者出身である渡辺淳一の小説を読んだことがある。彼の若い頃の作品は実体験に基づき医療現場をリアルに表現しており、小説嫌いの自分でも珍しく夢中になって読んだ覚えがある。「無影燈」「阿寒に果つ」など医師としての彼の経験が存分に活かされた感動作品だった。

彼の作品の中ではやや趣が違うが、自分が最も影響を受けた小説が、「遠き落日」だ。野口英世の伝記小説なのだが、小学生の時に読んだ偉人伝の中の野口像とは全く異なり、現実の野口英世は妬み根性丸出しで、欠陥だらけのダメ人間だった事を赤裸々に描いていて、とても新鮮だった。特に印象に残ったのが、科学者としての野口は残念な研究者だったとしか言いようがない事実だった。黄熱病の原因は顕微鏡では決して見ることが出来ない黄熱病ウィルスであることが今ではわかっている。しかし、ウィルスの存在すら知らなかった当時の彼にはその事を知るよしも無かったわけだが、彼が病変の中からやっとの思いで見つけた梅毒をその原因菌であると生涯疑うことはなかった。当時からその原因が梅毒ではない可能性は指摘されていたにも関わらず、彼は絶対に自説を曲げること無く、最後は彼自身も黄熱病にかかって亡くなった。

研究者にとって必要な資質は何かと問われれば、「信念と夢」と書いてある本をどこかで読んだが、野口は紛れもなくその両方の資質を持っていた。しかし、それだけでは一流の研究者になれないという事を渡辺淳一は教えているような気がした。自分を客観視できる冷静さとでも言おうか、自分への猜疑心とでも言おうか、要は常に自問自答しながら悩み抜く高い倫理感と忍耐力も必要な要素なのかなと思った。

また久しぶりに渡辺淳一の小説が読みたくなった。