洋服屋の一生モノブログ(別館)

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洋服屋が、〝一生モノ〟についての思いを綴ります。


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トレンチコートの歴史

〜History of trench coat〜

【完全版】

【序章】完全版作成について

こんにちは☆

いつも「洋服屋の一生モノブログ」をご覧いただき、本当にありがとうございます!

ブログ運営者のタニヤンです☆★

この記事は、昨年連載記事として4回に分けて書いた「戦争とファッション〜第1次世界大戦とトレンチコート 〜」を「トレンチコートの歴史【完全版】」として1つに再編集したものです。

☟過去の連載☟

戦争とファッション〜第1次世界大戦とトレンチコート〜【1】

戦争とファッション〜第1次世界大戦とトレンチコート〜【2

戦争とファッション〜第1次世界大戦とトレンチコート〜【3

戦争とファッション〜第1次世界大戦とトレンチコート〜【4

僕のブログは、1記事平均3,000字近くあるものが多く、再編集すると10,000字近くになりますので、最後まで読むのはボリューム的にキツイかもしれません(汗)

少しづつ読みたい方は、今まで通り上記のリンクから個別にご覧ください☆★

僕は、「服飾史という時間軸の中で服装を考える」という作業を通してこそ、服そのものの奥深さや魅力が伝わり、より服装を楽しめるようになると思ってきたし、実際そうなれば良いと願い、このある種ニッチなブログを発信し続けています☆★

同時にそれは、百貨店やそこにぶら下がる多くのアパレルメーカーなどの悲惨な現状を見ればわかる通り、リアルな店舗を構える大手企業が2000年代に入り戦略的に放棄してしまった部分であり、結果それが致命傷となり、そういった業態は終焉を迎えつつあります。

しかし、服飾・服装というものは形を変えながら今後も残って行くし、それも未来から見れば「服飾史の中のほんの一部」に過ぎないのだろうと僕は思うのです。

そういった意味で、この記事がこれから服飾業界を目指す若者あるいは、現在この業界で服の魅力を伝えようと真摯にお客さんと向き合っている同志たちにとって、「服飾辞典」のような存在になればこんなに嬉しいことはありません。

服装・服飾の答えはすべて歴史の中にあります!

それを多くの人と共有したい!

それが僕の願いです☆★

 

【1章】戦争とファッション

「戦争とファッション」

このテーマは、洋服の発展を考える上で、最も重要な事項のひとつであるのと同時に、とても悲しく皮肉なものでもあります。

しかし、あまりに認知度が低い〝このテーマ〟を皆さんに知ってもらうことで、「ファッションとは何か」「今僕たちが着ている洋服がどのように進化してきたのか」という根源的な問いに対する「一つの答え」になるのではないか。と考えています。

話は1914年〜1918年の第一次世界大戦。

そんなに昔の話ではないのです。

今回参考文献として使用した、『WORK WEAR⑤』(ワールド・フォトプレス社 出版)の中に、僕が思わず引き込まれてしまった、グラフィック・デザイナー長澤均さんのこんな文章があります。

「ファッションは束の間の夢でありながら、実用品のひとつである。それゆえ、戦争という流行とは無縁の〝殺し合いの場所〟でさえもファッションは進化し続けてきた。」

「戦争は、時として美しく合理的なファッションを生むが、ファッションが戦争を招来したことは一度もない。ただ一言、それは美しくないからだ。」

 

僕はこの2つの文章には、今回のテーマの結論が凝縮されていると思っています。

【2章】第一次世界大戦とは何だったか。

ここで、第一次世界大戦とは何だったか。についてお話ししておかなければなりません。

結論から先に言うと、第一次世界大戦とは、人類が歴史上初めて経験した「大量虐殺戦争」でした。

キーワードは、「新兵器時代の到来」と「塹壕戦(ざんごうせん)です。

この2つが、当初1年以内に終わると予想されていたこの戦争を、3年も長引かせた要因と言っていいでしょう。

以下、それを詳しく説明していきます。

19世紀までの戦争は、古風な軍服とともに、軍隊同士の個別の戦いといった、古典的な戦闘形態の名残がありました。

しかしそういった古式の戦闘形態は、20世紀に入り一変してしまいます。

簡単に言うと、19世紀までの「突撃型の短期決戦」から「消耗型の長期戦」に変わっていきます。

では、なぜそれ程までに劇的に変わっていったのか。

その一つ目の要因は、新兵器の登場と火砲・機関銃の発達。つまり、「新兵器時代」の到来です。

ちなみに第一次世界大戦を期に本格的に登場した兵器が、戦車や飛行機・毒ガスといったものです。

しかし、この時はまだ現在のそれとは違い、飛行機は戦闘機というよりは偵察機に近く、戦車も現在ほどの破壊力は持っていませんでした。

それよりも、圧倒的な破壊力を持って発達したのが、火砲と機関銃でした。

これら銃火器の性能は前時代の比ではなく、一気に「大量殺戮」が可能になり、死傷者を激増させました。

その圧倒的な威力とあまりの損害の大きさを前に、ドイツ側もイギリス・フランス・ロシアを中心とした連合国側も、生身の体を晒して戦うことができなくなり、

その結果どうなったかというと、

双方「塹壕(トレンチ)」と呼ばれる「溝」を地面に掘ってそこにこもり、身を隠しながら戦うようになりました。

これが、戦闘形態を激変させた2つ目の要因「塹壕戦」です。

西ヨーロッパでは、ドイツ軍と連合国軍が向かい合って数百㎞も続く塹壕地帯が作られたそうです。

 

【塹壕戦の様子】

 

これによって戦況は膠着状態に陥り、1914年6月の「サラエボ事件」を機に勃発したこの戦争は、長期化の一途を辿ります。

同時に兵士たちは最初の冬を、ただ大地を堀っただけの「溝」であるこの「塹壕(トレンチ)」の中で越すことになってしまったのです。

塹壕内での生活は、精神的にも肉体的にも過酷さを極めました。

それは主に〝2つの敵〟との戦いだったと言えます。

一つは当然ながら、昼夜ひっきりなしに繰り返される砲撃や、動くものなら何でも撃ってくる敵の狙撃手、毒ガスなど「敵軍の脅威」です。

そして兵士たちにとって〝もう1つの敵〟となったのが、

頻繁に降る雨による厳しい冬の寒さであり、その後に残った泥や水溜まりだったのです。

ひとたび雨が降ると、地面をただ掘っただけの極寒の「塹壕(トレンチ)」内部はぬかるみ、泥まみれになります。

破傷風やペスト・発疹チフスなどの病原菌が蔓延し、寒さと湿気で体がいつも濡れた状態にあり、凍傷になる兵士が続出するなど、衛生状態は最悪でした。

連合国軍の塹壕(トレンチ)内では、兵士の体全体を覆い、雨(水)の侵入を防ぐ衣服の調達が急務となっていました。

【3章】第一次世界大戦とトレンチコート

そこで連合国軍のイギリスが軍に支給するサービスキットの中に導入したのが、ひとつのコートでした。

「バーバリー(Burberry)」

現在の「トレンチコート」です。

 

【1916年のイギリス軍士官向け装備品一覧表】

※「In Pack and Haversack」の1番目に「Burberry」の名で現在のトレンチコートが支給されていることがわかります。

 

第一次世界大戦期において「トレンチコート」は塹壕内の兵士達にとって、ユニフォームであったと同時に、唯一の心強い〝味方〟でした。

さらに、トレンチコートは開戦直後の1915年に登場した「初期型」に始まり、幾度となく改良が加えられ進化し、1918年に「完成形」に至ります。

そして、その開発を一手に担ったのが、「バーバリー」と「アクアスキュータム」だったのです。

【4章】1915年の「初期型トレンチコート」

では、1915年に登場した「初期型トレンチコート」とは一体どのようなものだったのでしょうか。

今回参考文献に使用した『WORK WEAR⑤』(ワールド・フォトプレス社)の中で、1915年イギリス・ロンドンの服飾専門誌である『ウエストエンド・ガゼット』誌によって紹介された、初期型トレンチコートの全体像が解説されています。

当時は『ニュー・ミリタリー・〝トレンチ〟コート』として紹介されたようです。

それによると、

▪ダブル前10個ボタン型(ボタンは全て、ブラウンのレザーボタンだったようです)

▪ボタンを上まで全て留めた着方

▪カラー(襟)は、「ミリタリー・カラー」

※ミリタリー・カラー

☞ 日本人が俗に「ステン・カラー」と呼ぶものに近いものです。

▪肩は、「セットイン・スリーブ」

※セットイン・スリーブ

☞いわゆる「背広肩」のことで、スーツの上衣と同様の肩の形状を指します。

▪肩の上に「エポーレット」と呼ばれるボタン留めストラップ →この当時は装備というよりも、階級章を付けるためのものといった印象。

▪共地のベルト付き→のちに手榴弾を装着することになる「Dリング」は、この時はまだ登場していません。

▪両脇に大きなマチ付きの「パッチ&フラップ型ポケット」が付く ☞この当時のポケットは、のちの「スラッシュ・ポケット」と違いマチとフラップがついており、かなりの収納力があったと考えられます。

▪内側にボタンによる着脱式の「インター・ライニング」☞素材は「オイル・シルク」のものと、羊の毛皮で作られたものがあり、標準装備されていたのがオイル・シルクのもので、毛皮のインター・ライニングは別売だったようです。

▪採用された生地は「カーキ・ドリル」

※ドリル地

→ 「drill」 かなり古くから存在する織物のひとつで、綾織の非常に緻密に織られた丈夫なコットン地のことです。この頃はまだ「ギャバジン」の言葉は使われていないようです。

以上が、1915年当時の「ニュー・ミリタリー・〝トレンチ〟・コート」の全容です。

まとめると下の図のような形状のものだったようです。

 

【1915年当時のトレンチコート】

 

では、この「初期型トレンチコート」は一体どこから現れたのでしょうか。

往々にして服飾というものは、「以前からあるものの進化形」である事が多く、何もないところからいきなり生まれてくる。ということはごく稀なケースを除きありません。

そして、やはりこの「初期型トレンチコート」にも、その原型となるものが存在するのです。

【5章】トレンチコートの原型となったもの

時代を少しだけ巻き戻して、時は1910年頃。

この時期にほぼ同じ形状をした2つのコートが登場します。

その名は「タイロッケン・コート」と「ロッカビー・コート」

これらのコートをひとことで説明すると、「前ボタンのないトレンチコート」です。

つまり、両前(ダブル)の形状ではあるのですが、ボタンはなく、バックル付きの共地ベルトをウエスト部分で締めることによって着用する。というスタイルのコートです。

ちなみに、前者は1910年にバーバリー社が開発したもので、「タイ(帯)でロックして着る」ことから「タイロッケン」と呼ばれるようになりました。

一方後者はというと、1912年にアクアスキュータム社が特許を取得していて、「共地のベルトをまるで錠(ロック)のように使って着脱する」ことから「ロッカビー」と呼ばれるようになります。

 

【バーバリー社のタイロッケン・コート】

 

形状や名前の由来はともかく、この「タイロッケン・コート」と「ロッカビー・コート」がトレンチコートの直接の原型である事は、歴史的に見ても間違いないようです。

しかし、どうしてほぼ同じ時期に同じ形状のコートを、競合会社同士が発表できるのか?

考えてみたら、とても不思議ですよね?

皮肉なことに、その謎を解く鍵もまた、「戦争」にありそうなのです。

1899年〜1902年に南アフリカで勃発したボーア戦争。

この戦争は、イギリスが南アフリカの植民地化を目論み、現地に入植していた「オランダ系アフリカーナ」と戦った戦争です。

このボーア戦争時から、英国陸軍省はすでに「軽量で防水性に優れた衣服」の必要性を痛感していて、密かに英国陸軍省とバーバリー、アクアスキュータムの3社間での共同開発を進めていた。という説があります。

そして、いわばその中間報告としての両者の成果が、「タイロッケン・コート」であり、「ロッカビー・コート」だったというのです。

しかし、もしこの時に3者間で、実際に共同開発が行われていたとすると、バーバーリーとアクアスキュータムが同時期に、それもほぼ同じ形状のコートを発表したことの辻褄が合うんです。

と言っても100年以上も前の話なので、今となってはこういう説を題材にして想像を働かせていくしかないのですが、考え出すととても面白いですよね。

と同時に、古くからある洋服の発展の歴史には、必ずと言って良いほど「殺し合いの歴史」が絡んでいるという、悲しさと虚しさが湧き上がってくることも事実です。

このように、ある服の歴史を追っていくと、必ずどこかでその原型が現れます。

そして、それを追っていくと、またその原型が現れます。

これが服飾の面白さであり、なんとも言えない奥深さでもあるのです。

 

【6章】トレンチコート「初期型」から「完成形」へ

1915年に登場した「初期型トレンチコート」のディテールをさらっとおさらいすると、以下のようなものでした。

▪前ボタン10個

▪ミリタリー・カラー(ステン・カラー)

▪セットイン・スリーブ(背広肩)

▪共地のベルト

▪両脇にマチ付きで大型の「パッチ&フラップポケット」

▪生地は、「カーキ・ドリル」(ギャバジンの表記はまだない)

▪インター・ライナー付

 

これが、第一次世界大戦終結に向かう1918年までの3年間で、どう変化していったのでしょうか。

結論から言うと、1918年頃にトレンチコートは、ほぼ現在の形になります。

逆説的に言えば、現在僕たちが何となく着ているトレンチコートは、驚くべき事に、99年前からほぼ形を変えていないということになります。

それでは、それを1918年頃に紹介されている、トレンチコートの広告と、70年代に製造されたアクアスキュータムのトレンチコートを見ながら、検証していきましょう。

 

【1918年に掲載された、イギリスA・A・タンマー社パリ支店のトレンチコート】

【1970年代のものとして、文献に紹介されているアクア・スキュータムのトレンチコート】

 

 

 

 

 

 

 

これらの写真を参考に、1915年の「初期型トレンチコート」からの変化を見ていくと、

▪「チン・ストラップ」の追加

→上の図のように、襟を立てて着た時に、雨風の侵入を防ぐため、あご(チン)の下で襟元を固定するストラップが装備されました。

▪「ラグラン・スリーブ」の正式採用

▪右肩に「ガン・フラップ」の追加

→上の「A・A・タンマー社」のトレンチコートにはまだ現れていませんが、この時期に右肩部分に上からもう一枚生地が充てられます。

この仕様は、兵士が機関銃を打った際、肩への衝撃を抑える効果が期待されるとう事で考案されました。

▪両脇のポケットを「スラッシュ・ポケット」に変更

▪「Dリング」の登場

→ 共地のベルトは変わっていませんが、この時期から「Dリング」と呼ばれる真鍮製のホルダーが追加されていきます。(上の70年代製アクアスキュータムのベルト右下部分をご覧いただくとわかります。」

ここには、戦闘中兵士が手榴弾や水筒を吊るしていたと言われてます。

形がアルファベットの「D」に似ている為「Dリング」と呼ばれるようになったっもので、後ろにも2つ付きます。

▪エポーレットの役割の違い

→両肩に付く共地ストラップの「エポーレット」は健在ですが、その役割が変化しています。

初期型トレンチコートでは、あくまで「憲章を吊るす為のもの」くらいの位置付けだったのに対し、この時期には戦闘中に肩から下げた荷物がずり落ちないようにロックする為のものとなり、一気にミリタリー仕様になっています。

 

【エポーレットの使用例】

 

▪生地名に「ギャバジン」の表記

以上のようなモデルチェンジが段階的に加えられ、トレンチコートは「完成」します。

そしてこれは、本当の意味での「完成形」でした。

それは、トレンチコートがその後アメリカに渡り、第2時世界大戦ではアメリカ陸軍が採用していたにも関わらず、その際ほとんど形を変えなかったことを考えても明らかです。

つまり、「それ以上変えようがなかった。」ということを意味します。

いつの時代もそうですが、戦争における「国の威信をかけた開発」というものには、凄まじい執念を感じます

それにより色々な分野で、短期間での目覚ましい発展がもたらされたことも事実でしょう。

服飾分野は、その恩恵を大きく受けて発展しました。

しかし、それが殺し合いを目的として進められてきたことを思うと、何ともやりきれない気持ちになってしまいます…

こういった感情の機微がギュッと凝縮されているのが、冒頭で紹介した、長澤均さんの文章なのです。

再掲しますので、もう一度じっくり読んでみてください。

「ファッションは束の間の夢でありながら、実用品のひとつである。それゆえ、戦争という流行とは無縁の〝殺し合いの場所〟でさえもファッションは進化し続けてきた。」

 

「戦争は、時として美しく合理的なファッションを生むが、ファッションが戦争を招来したことは一度もない。ただ一言、それは美しくないからだ。」

 

 

トレンチコートを題材にすることは、「僕たちが今、どれだけ平和な時代を生きているのか。」を改めて実感する、いい機会になります。

 

では、ここからはもう少し視野を広げて眺めてみようと思っています。

最初はトレンチコートを「レイン・コートの中のひとつ」として考え、そして最後にもう一度トレンチコートのディテールの話へ戻っていきます。

【7章】レインコートの原点「マッキントッシュ・クロス」

レインコートの歴史はトレンチコートより古く、1823年のある「世界的発明」によって動き出したと言えます。

「マッキントッシュ・クロス」

そう、皆さんもよくご存知の「MACKINTOSH」のコートに使用されている、あのゴム引き防水地です。

それは、生地に特殊なゴムを張り合わせることで完璧な防水性を実現させた、当時としては奇跡的なものでした。

この生地を発明したのは、スコットランド・グラスゴー出身のチャールズ・マッキントッシュという人物です。

 

【チャールズ・マッキントッシュ】

そしてこれが世界初の防水生地であり、今なおこのゴム引き防水地は「マッキントッシュ(クロス)」と固有名詞で呼ばれているのです。

しかし、誤解されがちなのですが、チャールズ・マッキントッシュはあくまでこのゴム引き防水地を発明した人物なのであって、レンコートを作った人物ではないのです。

この「マッキントッシュ・クロス」にいち早く目をつけ、レインコートを作ろうと思いついたのが、イギリス・マンチェスター出身の、トーマス・ハンコックという人物でした。

これが既製の、完全なるレインコートとしては最初期のものであるとされています。

ここに、その後19世紀後半〜20世紀初頭にかけて次々と登場する、バブアーのオイルドクロスのコートやバーバリー・アクアスキュータムのトレンチコートといった名品の全てに繋がる「原型」が出来上がったと言えます。

【8章】トレンチコートの裏地が「チェック柄」である理由

トレンチコートの謎としては、細かいディテールの様々な話があり、洋服好きの間で話題は尽きないのですが、(両肩のエポーレットやベルトに付属されているDリングはその代表格です。)

その中で、見落とされがちで語られることが少ないディテールが「バック・チェックの謎」。

つまり、「トレンチコートの裏地はなぜチェック柄なのか」という事です。

確かに、現在バーバリーやアクアスキュータムのトレンチコートの裏地には、ほぼ例外なくチェック柄が使われていますし、バブアー のオイルドコートの裏地もそのほとんどがチェック柄です。

これには、先程出てきたT・ハンコックの〝ある想い〟が関係しています。

T・ハンコックは、「マッキントッシュ・クロス」を使って世界最初期のレインコートを生み出した時、タータン・チェックの裏地を貼りました。

では、なぜ彼はそんなことをしたのか?

先程も触れましたが、C・マッキントッシュはスコットランドのグラスゴー出身です。

スコットランドのケルト文化を象徴する「タータン・チェック」を裏地に使うことで、彼は世界的な発明をしたC・マッキントッシュに最大の敬意を払ったのです。

そして、その後追随したバーバリーやアクアスキュータム、バブアーも皆、故C・マッキントッシュへの敬意を忘れなかったからこそ、裏地にタータン・チェックを配したと言われています。

「バーバリー」のトレンチやバルマカーン・コート

「アクアスキュータム」のトレンチやバルマカーン・コート

「バブアー 」のオイルド・コートやハンティングジャケット

これら英国で誕生した名作レインコートの裏地には、こんな素敵な物語が隠されていたのです。

皆さんも、レインコートの裏地にチェック柄を見つけた時は、激動の時代を生きた先人達が残してくれた、美しい物語に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

【おまけ】僕が愛用しているトレンチコート

最後に、僕が愛用しているトレンチコートを紹介しておきます。

1990年代頃のヴィンテージBrooks brothers です。

【Brooks brothers のヴィンテージ トレンチコート】

 

【参考文献】


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Brooks Brothers  オールデン 

〜語り継がれる伝説の至宝〜

【ローファー編】

 

こんにちは☆★

洋服屋の一生モノブログ運営者のタニヤンです。

先週から1週間かけて、僕が持っている全ての革靴を1足ずつメンテナンスしていて、ふと思いました…

 

「Brooks Brothers オールデンってやっぱり別格だよな〜」と。

 

あっ、ちなみにこの子達なんですけどね☟

 

僕にとっては長い付き合いだし、仕事の日は毎日この中のどれかを履いているので、もはや身体の一部になりつつあるのですが、改めて俯瞰で見ると、この先も語り継がれるであろう〝伝説の至宝〟であることが随所に垣間見られて、何度見ても感動してしまうのです。

という事で、

ここからBrooks Brothers オールデンの魅力に徹底的に迫ってみたいと思います★☆

第1回目は【ローファー編】です!!

興味がる方は是非、最後までお付き合いくださいね☆

 

【1】Brooks Brothersとオールデン

オールデンは1884年にアメリカマサチューセッツ州ミドルボウに誕生したシューメーカーです。

並外れて上質な素材を使い、丁寧にウェルトを施す伝統的なつくりがオールデンの靴づくりの真骨頂です。

その代表的な素材が、「コードバン」です。

※コードバンについてはこちらをご覧ください☞ コードバンとは?

オールデンはアメリカ屈指のタンナーである「ホーウィン社」と二人三脚で、現在も世界中の人々を魅了し続ける上質なコードバンシューズを作り続けてきました。

とはいえ、

1950年ごろまでのオールデンは、知る人ぞ知るいち地方のシューメーカーに過ぎませんでした。

その地方の小さなシューメーカーの知名度を飛躍的にアップさせた出来事が、Brooks Brothersとのパートナーシップ提携だったのです。

これは今考えると、歴史的なパートナーシップ提携だったといえるでしょう。

 

その舞台裏には、

フロイド・ギルモアという伝説の営業マンの存在があったと言われています。

彼は、オールデン社が1940年代に満を持して世界に発表した「タッセルローファー」を引っさげ、Brooks Brothersに猛プッシュしたそうです。

一方のBrooks Brothers側も、それまでにないスタイリッシュな佇まいと斬新なスペックに心奪われ、すぐさま自社の紳士靴の一つとしてオールデン製を受け入れたと言われています。

ここから現在に至るまで、Brooks Brothersとオールデン社の蜜月関係が続いているのです。

 

【2】伝説化しつつあるBrooks Brothers オールデン 

この夏「Brooks Brothersのコードバンペニーローファーが復活する!!」ということで、一部の靴好きの間で話題騒然となりました。

では、なぜ今「Brooks Brothers オールデン」が注目されるのか?

 

それは、Brooks Brothers オールデン自体がじわじわと「過去のレガシー」になろうとしているからです。

大袈裟な言い方をすると、いよいよ「絶滅寸前」という段階に入ったという事です。

 

実際、2010年頃を境に供給は激減し、2012年頃にはとうとう日本のBrooks Brothersの店頭から姿を消しました。

現在も日本への供給はほんの一部にとどまり、その姿を確認することは本当に困難な状況です。

 

特にコードバン素材のものは、絶望的な段階に入っています。

その大きな原因として考えられるのは、世界的な農耕馬の減少でしょう。

コードバンはもともと農耕馬のお尻の部分からごく少量しかとれない希少な素材である上に、世界的に農耕用の馬が牛にとって代わられたことにより、激減しているのです。

昔は牛より馬の方が数が多かったので、馬革は現在ほど高額ではなかったといいます。

カシミヤにしろアルパカにしろ、素材の価値はその動物の希少性に依存していますので、ある意味仕方のないことだと思います。

 

現在、日本のオールデン正規代理店のラコタハウスにオールデンのコードバンシューズを買いに行っても在庫があることは稀で、予約注文になることがほとんどです。

その期間は、最低でも半年〜1年とのこと。

このことからも、コードバン素材自体が絶滅寸前だということがひしひしと伝わってきます。

オールデン本体でこの状態ですから、Brooks Brothers オールデンのコードバンシューズは、その何倍も絶滅の可能性が高いと言えるでしょう。

 

【3】Brooks Brothers オールデンの凄み

Brooks Brothers オールデンの魅力は、そのオリジナリティにあります。

それは、以下の2つです。

①Brooks Brothersオリジナルの仕様

まず挙げられる魅力として、Brooks Brothersオリジナルの仕様でしょう。

その最たるものが、ペニーローファーに見られる「アンライニング(アンラインド)仕様」です。

その他にも、タッセルローファーのヒール部分に施される「フォクシングステッチ」もBrooks Brothers オールデン のためだけに施される特別仕様です。

この辺は後ほど、実物と一緒に詳しく解説しますね☆

 

②Brooks Brothersオリジナルのラスト(木型)

そして、

最大の魅力として語られるのが、Brooks Brothers オールデン に使用されているオリジナルのラスト(木型)です。

これについては、Brooks Brothersからも公式な情報が発表されていないので想像の域を出ないのですが、明らかにオールデン が使用しているラストとは違います。

例えば、

オールデンのペニーローファーには、「バンラスト」が使われていますが、Brooks Brothers オールデンのそれは違いますし、オールデンのタッセルローファーは、「アバディーンラスト」が使われていますが、Brooks Brothers オールデンのそれは確実に違います。

これはオールデン のプレーントゥに使われている「バンラスト」についても同じことです。

一説によると、

過去にBrooks Brothersの紳士靴のラインナップの主軸として名を連ねていた「Brooks English」という英国製シューズカテゴリーがあるのですが、そこで使われていたラストの一部を引き継いでいる。とも言われています。

「Brooks English」

これまたBrooks Brothersのレガシーとして燦然と輝くシューズカテゴリーで、それを手がけていたファクトリーは、「チャーチ」「エドワードグリーン」「チーニー」という、なんとも贅沢なビックネームだった事が明らかになっています。

 

ということで、

ここからは、実際にBrooks Brothers オールデンを見ていきましょう☆★

 

【4】Brooks Brothers オールデン 〜ローファー編〜

今回はローファー編です。

紹介するのは以下の4足。

では、早速いきましょう☆★

①アンラインドコードバンペニーローファー

これが、Brooks Brothes オールデンの最高傑作でしょう!! これは芸術作品といっても良いくらいです。

その最大の理由は、「アンライニング(アンラインド)」仕様であること。

これは簡単に言えば、一枚革で作られているということです。

通常の仕様では、内側にもう一枚革を貼って、外側の革と縫い付ける事でライニングを施すのですが、Brooks Brothersのコードバンペニーローファーにはそのライニングがありません。

これによって、信じられないほどの柔らかい履き心地を生み出しているのです!!

これは、履いた事がある人にしかわからない極上の感覚です。

 

②コードバンタッセルローファー(左)コードバンフルストラップローファー(右)

続いては、こちらもBrooks Brothers オールデンを語る上で欠かせないコードバンタッセルローファーです。

タッセルローファーの生みの親は、オールデンです。

俳優のポール・ルーカス氏の依頼で、最終的にオールデンが1940年代に完成させました。

そして、

1950年代にBrooks Brothersの紳士靴のひとつとしてラインナップされたことで、その名は瞬く間に世界中に知れ渡りました。

そんなBrooks Brothers オールデンのタッセルローファーの特徴が、かかと部分に丁寧に施された「フォクシングステッチ」です。

 

このステッチ…全く意味はないのですが、とても技術がいる縫い方で、特に硬くて頑丈なコードバンを手作業で掬って(すくって)盛り上げて縫っているため、誰でもできることではありません。

「無意味なところに、非常に高度な装飾が施されている」そこに無限の余白を感じるのは僕だけでしょうか?

ちなみに、この仕様は写真右のコードバンフルストラップローファーのかかと部分にも施されています。

このフルストラップローファーは、タッセルローファーとと並んで、Brooks Brothes オールデンのローファーの中で「ドレスローファー」というポジションをとっています。

このタッセルローファーとフルストラップペニーローファーは、ドレッシーな印象を与えてくれる2足で、特にタッセルローファーは、スーツに合わせても非常に上品に決まります☆★

と、ここまでBrooks Brothers製 オールデン〜語り継がれる伝説の至宝〜と題して、「ローファー編」をお送りしました☆

いかがでしたか?

希少製と魅力が伝わっていれば良いのですが。

もし聞きたいことなどあれば、気軽にコメントしてくださいね☆★

お待ちしています☆

次回は「レースアップシューズ編」と題して、その他のBrooks Brothers製 オールデンの魅力をたっぷりと紹介していこうと思っています!

お楽しみに★☆

 

最後まで読んでいただいてありがとうございます☆

よろしければ、この下にあるアンケートにもご協力お願いいたします!!

 

洋服屋の一生モノブログ運営者

タニヤン

 


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シンプルな時計のススメ

 

こんにちは☆★

いつも「洋服屋の一生モノブログ」をご覧いただき、本当にありがとうございます!

ブログ運営者のタニヤンです☆

 

朝起きてコーヒーを飲みながら「今回は何を書こうかな〜」と考えていたら、

そういえば、このブログの中で僕は「時計はシンプルな方が良い!」と再三言ってきたけど、一つの記事にしたことがない。と、ふと気づきました!

という事で、

今回は「シンプルな時計のススメ」と題して、僕がシンプルな時計を推奨する理由や、僕が「これぞシンプルな時計の最高到達点」と考えている時計をご紹介しようと思います☆★

興味がある方は是非、最後までお付き合いくださいね☆

 

【1】シンプルな時計とは何か?

「シンプルな時計のススメ」の本題に入る前に、まず大前提となる「シンプルな時計とは何か?」を定義しておきましょう☆

僕が考える「シンプルな時計」とはずばり、

「無駄なものを削ぎ落とし、本当に必要な物だけを見極め作られた時計」です!

もう少し具体的にいうと、

「これ見よがしに施したブランドロゴや、宝石の類、使いもしない機能の搭載といった装飾部分ばかりでごまかさず、時計としての機能性に職人の技術と情熱が集約された時計(長い💦)」です。

 

では、なぜ僕がここまでシンプルな時計を推奨するのか?

理由は簡単で、

僕たち日本人が本来的に持っている思想にマッチしているからなんです☆

「日本人が本来的に持っている思想」

それは、簡素な生活こそが美しい。という〝禅の精神〟です。

どういうことかは次の章で説明していきましょうね☆

 

【2】日本人の根底に流れる〝禅の精神〟

禅は奢侈を極めた平安貴族時代が終わり、世の中が劇的に変化した鎌倉時代に、臨済宗の開祖栄西が中国から持ち帰り広まりました。

その禅の教えを象徴する考えが、

「無駄なものを削ぎ落とし、限りなくシンプルに生きる」というもの。

この精神は現代の日本人の中に息づく根本思想です☆

その証拠に、

お寺に行って枯山水の庭を見ると、訳がわからないんだけど何故か気持ちが落ち着いたりしませんか?

伝統的な茶室をとても日本らしいものと感じませんか?

このような感覚は、僕たちが禅における〝わび・さびの精神〟を遺伝子レベルで無意識に理解しているからに他なりません。

禅が広まった鎌倉時代の文化思想は、前時代の豪華絢爛で奢侈を極めた平安貴族文化とは対照的で非常に簡素なものでした。

このような禅の精神が根底に流れている日本人に、「奢侈を極めた豪華な装飾物」「自己顕示欲を満たすだけの装飾物」はそもそも精神的にマッチしにくいのではないか?

と僕は長年考えているわけです。

 

そこで注目したいのが、

禅の言葉の中にある「簡素」と「質素」という言葉。

「洋服と禅の言葉」

一見すると全く関係がないように思えるこの2つですが、この違いを正確に理解することが、迷走を繰り返す現代の服装・服飾論を整理する鍵になると僕は考えています。

少し硬い話になりますが、お付き合いください。

 

【3】「簡素」と「質素」の違い

では、「簡素」と「質素」の違いとは一体何でしょう?

「簡素」というのは、無駄なものを削ぎ落としていくことです。本当に必要なものを見極め、それを大切にしていくというもの。英語で言うと〝Simple(シンプル)〟です。

一方で、

「質素」というのは、価値が低い、または価値の低いモノという意味です。ここでいう価値というのは、値段だけでなく、そのものに対する思い入れの深さも含んでいます。英語で言うと〝Cheap(チープ)です。

ちなみに、

禅の教えは、〝簡素(シンプル)な生活〟こそが美しい。というもので、〝質素(チープ)な生活〟は推奨していません。

当然ながら、〝豪華絢爛(Gorgeous(ゴージャス))な生活〟とは正反対の立ち場を取ります。

 

①豪華絢爛(ゴージャス)な生活・モノ

②簡素(シンプル)な生活・モノ

③質素(チープ)な生活・モノ

 

あなた自身が身に付けるものを選ぶ時、またライフスタイルを選択する時に、どのレイヤーを意識しているか?

これは意外と重要です!

 

僕の感覚では多くの人が、

①に憧れながら、③を選択しているか、

①への憧れが強すぎて、無理して①を選択している(つもりになっている)

のどちらかです。

だから、現代では生活レベルや精神が安定しない人が多いのだと考えています。

①と③。どちらも〝自然体ではない〟から当然といえば当然です。

繰り返しますが、日本人本来の自然な生き方は②の「簡素な生活」です。

 

「自分たちに適した生き方は何か?」を改めて整理する事は、僕たちが現代を快適に生きる上で極めて重要な要素となるでしょう!

 

【4】シンプルな時計のススメ

さあ、話が逸れるだけ逸れたました(笑)

時計の話をしましょう😅

今までの話を踏まえて時計の選択に話を戻すと、こうなります。

①豪華絢爛(ゴージャス)な時計  ☞  △

②簡素(シンプル)な時計 ☞  ◎

③質素(チープ)な時計 ☞ △

これこそ、僕がシンプルな時計を推奨する理由です。

 

簡素(シンプル)な時計を選ぶことは、難しいことではありません。

以下の3つのことを意識するだけです。

◾️本当に気に入ったものを選ぶ

☞ そこに他人の意見や、その時の流行は介入しない。

◾️一つのものを大切に、長く使う

☞ 自然と長く使えるもの(シンプルなもの)を選ぶようになる、思い入れが強くなる。

◾️本当に必要であれば「いい物」を揃える

☞いい物≠流行・ブランドもの、いい物=普遍的(ベーシック)なものという物差しで考える。

 

これを踏まえて僕が普段使っている時計を列挙すると、

どれも派手さ(ゴージャス感)はないけど、安っぽく(チープでは)もないものばかりです!

また、

どれも無駄な装飾を削ぎ落とした(シンプルな)時計で、10年近く使っているものばかりです。

 

【5】僕が考える「これぞシンプルな時計の最高到達点!」紹介

最後に、僕が「これぞシンプルな時計の最高到達点!」と考える時計を3本紹介しますね☆

1つ目は、

Jeager LeCoultre(ジャカールクルト)のReverso(レベルソ)です!

2つ目は、

Cartier(カルティエ)のTank(タンク)

3つ目は、

PATEK Phillipe(パテックフィリップ)のカラトラバ

いま名前を挙げた時計は、ここから見れます。

☞Jeager LeCoultre Reverso

☞Cartier Tank(タンク)

☞PATEK Philippe カラトラバ

 

今はまだ、自分自身がそのレベルに追いついていませんが、人生の中盤あたり(40代中ごろ)で手に入れたいな〜と密かに思っている3本です☆★

そして、

「一生モノ」として大切に使って、次世代に引き継ぎたいとも考えています。

 

さて、あなたにとってのシンプルな時計はなんですか?

 

【6】あとがき

最後まで読んでいただいてありがとうございました🙇‍♂️

よかったら、この記事の下にある「アンケート」に答えて頂けると嬉しいです☆★

ご協力、宜しくお願いします!

 

「洋服屋の一生モノブログ」運営者   タニヤン


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白シャツの黄ばみを落とすにはコレ!

〜プロの洋服屋おススメのシミ落としを紹介〜

 

こんにちは☆

いつも「洋服屋の一生モノブログ」を読んで頂いて、ありがとうございます☆★

毎日本当に暑いですね😅

7月で最高気温が40度を記録するなど、全国的に異常に猛暑日が続いています。

熱中症などには、くれぐれもお気をつけくださいね!

 

さて、

今日は久しぶりに「メンテナンス」について書こうと思うます。

これまで「靴のメンテナンス」や「スーツのメンテナンス」については、このブログ内でもいくつか記事にしてきましたよね★☆

過去のメンテナンス記事はこちらメンテナンス過去記事

 

今回は夏のこの時期に知っておくと便利な、

「白シャツの黄ばみを落とす方法」を伝授します!

興味がある方は是非、最後までお付き合いくださいね☆★

 

白シャツの黄ばみを落とすにはコレ!

【1】シャツの黄ばみの原因

ビジネスマンであれば結構な頻度で着る白シャツ、

雨の日が続いたり、長期間の出張や旅行で洗濯ができなかったりで、帰ってくると襟元が黄色く変色してしまった…

なんてこと、あなたも経験がありますよね?

洗濯しても、少し保管しておいていざ着ようとして広げてみると…

「!!」

洗ったはずなのに黄ばんでいる…

ってこともよくありますよね?

では、この「黄ばみ」の元凶は一体何なのでしょうか?

 

結論から言うと、これは「皮脂汚れ」です。

 

実は、多くの人がこの黄ばみの原因を「汗じみ」だと勘違いしているのですが、

汗というのは、99%が水分で残りの1%が塩分や尿素で構成されています。

ですから、

汗そのものはあまり関係がありませんし、蒸発したり、水洗いですぐに落ちてしまうんです。

意外に思われるかもしれませんが、僕たちの汗は実は無臭で、そんなに汚いものじゃないんですよ☺️

 

厄介なのは、「皮脂汚れ」なんです。

服を着ていて直接肌に触れている部分には、必ず皮脂が付着します。

それが、時間の経過とともに「酸化」して黄色く変色します。

さらに、

この皮脂汚れを細菌が分解する際に〝あの〟嫌な匂いを発生させるんです💦

これが、「黄ばみ」と「嫌な匂い」の原因です。

つまり、

「白シャツの黄ばみのとの戦い」は「皮脂汚れとの戦い」と置き換えることができます!

ちなみに、

汚れには、「親水性の汚れ(水洗いで落ちる汚れ)」と「親油性の汚れ(水洗いで落ちない汚れ)」があり、

汗は「親水性の汚れ」なので水洗いで落ちますが、皮脂汚れは「親油性の汚れ」なので実は水洗いだけでは落ちないんです💦

汚れの種類についてはこちらクリーニングについての記事

 

では、どうすればいいのか?

安心してください☺️

今回は僕が実際に使っている「とっておきのアイテム」をご紹介します👍

 

【2】プロの洋服屋オススメのシミ落としを紹介!

では、早速紹介していきますね☆

僕が白シャツの黄ばみを落とすのに使っているのはコレです☟

アメリカの「ザウト」というシミ落としです👍

☟おススメポイントは以下の2点です☟

◾️天然由来成分

☞ココナッツ由来の成分主体で生地を傷めにくい上に、環境にも優しい☺️

◾️家庭用洗剤とも併用可能

僕も色々試してみましたが、これは本当に優れものです☆

では、

ここから実際に洗ってみたので、ご覧ください☟☺️

 

今回洗うのは、旅行から帰ってきたら恐ろしく黄ばんでいた白シャツです💦

それがコレ(笑)Oh,My God‼︎😱

 

☟ここに、ザウトを直接かけていきます☟

☟次に、s軽く指で揉み込みます☟

この時、強くこすらずに生地に浸透させるようにしましょうね👆

そして、

5分くらい放置し染み込ませた後、洗濯ネットに入れて洗濯機でいつも通り洗いましょう💪

と、これだけで終わりです!

簡単でしょ?☺️

洗濯後広げてみると、黄ばみがかなり取れているのがわかります✨

【洗濯後☟】

【洗濯前☟】

【洗濯後☟】

【洗濯前☟】

ちなみに、

頑固な黄ばみの場合は、2回やるとほぼ落ちますよ👍

Amazonでポチれば一瞬で買えるので、是非一度試してみてくださいね〜☺️

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最後に、

この記事の下にある「アンケート」に答えていただけるとありがたいです☺️

ご協力、どうぞ宜しくお願い致します🙇‍♂️

 

以上、「洋服屋の一生モノブログ」運営者の谷やんでした👍

 


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僕とHamilton

 

こんにちは☆★

いつも「洋服屋の一生モノブログ」をご覧いただき、本当にありがとうございます☆

前回久しぶりに「靴の記事を書こう!」という思いに至り、「僕とオールデン〜My Alden Story〜」を書いたところ非常に好評で、記事を公開してから多くのアクセスを頂いております!

この流れの中で、「僕と〇〇」シリーズをもうひとつ書くことにしました★☆

今回は「時計」です☆

特に僕がずっと愛用している「Hamilton」に対する想いや、そもそも「Hamilton」を愛用するようになったきっかっけなどを書いていきます。

興味があれば是非、最後までお付き合いくださいね☆

 

 

〝米国軍人の必需品〟 Hamiltonのミリタリーウォッチ

HAMILTONは、1892年アメリカ・ペンシルバニア州ランカスターに創業した時計メーカーです。

Hamilton社は19世紀半ばから後半にかけて、その性能の高さと頑丈さを武器に鉄道時計の分野で尽力し、「アメリカ鉄道のタイムキーパー」と呼ばれるまでに成長しました。

その後20世紀に入ると、鉄道時計で培った技術を使い、腕時計の開発に乗り出します。

そして、

第2次世界大戦突入とともに、アメリカ政府の要請を受ける形で一般商業用時計の生産をストップし、軍用時計の生産に専念することになるのです。

ここでも、

その技術力の高さと正確性を武器に、全アメリカ軍の信頼を勝ち取ったHamilton社は、その後空軍には航空時計を、陸軍には軍用のフィールド・ウォッチを次々と供給し、なんと累計100万個以上の軍用時計を海外に送り出したと言われています。

 

戦場において「正確な時を測る」という行為は、時には生死を分けるほどに重要なものでした。

まさにこの時期、Hamiltonの時計は「米国軍人の必需品」だったといえるでしょう!!

 

詳しくは、過去の記事にまとめてありますので、そちらもご覧下さい☆

ハミルトンについての過去記事

 

※Hamiltonの時計を見たい方は、こちらで様々な種類のHamiltonが見れますよ☆☞The Watch Conpany

 

 

僕の「ファースト・ハミルトン」

僕が始めてHamiltonの腕時計を知ったのは、2009年。

『セントアンナの奇跡』という映画を見たことがきっかけでした。

この映画は、第2次世界対戦中のイタリアを舞台にした戦争もので、スパイク・リー監督が手がけた傑作映画です!

内容は悲惨なシーンややり切れないシーンも多いのですが、僕はこの映画のラストシーンが大好きで、何度も何度も見てしまう映画のひとつです☆★

内容の話はともかくとして、

当時の僕は、この映画の中でアメリカ陸軍の兵士がしている〝ミリタリー・ウォッチ〟に目が釘づけになってしまったのです☆

それがこれでした☟

そして、

「このシンプルな腕時計がどうしても欲しい!」と思った僕は、それがどうやら「Hamilton」という時計メーカーのものであることを突き止めます。

そして、

「カーキ フィールドメカニカル」というモデル名である事が判明したのです。

 

ちなみに、

こちらで劇中で使用されているのと同じモノを、確認できますよ☞The Watch Conpany HP

 

そこまで解れば、あとは時計屋に行って買うだけでした☆

この時買ったのが、僕の「ファースト・ハミルトン」です。

そこから今年で9年。

今も変わらず愛用しています☆

 

☟コレです☟Hamilton カーキフィールドメカニカル

時計としては至ってシンプル。

手巻き式時計で、毎朝出勤前に秒針まで正確に合わせています☆★

このモデルの元となったミリタリー・ウォッチが実際戦場で使われていた時代は、指令官が「Hack!(ハック)」と合図を出し、一斉にリューズ操作で秒針を止め、さらなる掛け声と同時に再び秒針をスタートさせる方法で、全員が同じ時を把握していたといいます。

戦場において「正確な時を測る」という行為は、時には生死を分けるほどに重要なものでした。

もちろん、

電波時計などない時代ですから、いかにHAMILTONの時計が正確な時を刻んでいたかが伝わるエピソードですよね☆★

 

ヴィンテージHamiltonとの出会い

その後、

偶然の出会いから、実際に米軍兵士に供給されていた、Hamilton製ミリタリー・ウォッチを手にすることになります☆★

2010年、仕事でお世話になっていた神戸のアンティーク商がしていた腕時計が格好良かったので、おねだりしてみたら…

「欲しかったらあげるよ。」

「!!」

いとも簡単にくれました☆笑

「ありがとうございます!」

とお礼を言って僕も軽くもらってしまいましたが、家に帰ってじっくり見てビックリ!

それは、

1969年8月、実際にアメリカ陸軍に支給されたHamilton製のミリタリーウォッチだったのです!

 

それがこれ☆☟

☟裏面にシリアルナンバーが刻印されています。さらに、1番下に「DATE AUGUST 1969 U.S.」とあります☟

この時計、49年経った今でもちゃんと動くんですよ!

少し遅れますが(笑)それは、ご愛嬌☆

すごくないですか?半世紀前の時計ですよ!?

そもそも、

「時を刻む」という目的に、ここまで特化した時計があるでしょうか?

全く無駄のないその機能美に、僕は深く惚れ込みました☆

 

実は、僕が「シンプルで雰囲気のある時計」を推奨するルーツがここにあるんです☆

 

「Hamiltonのミリタリー・ウォッチ」

僕の一生モノの時計です☆★

 

最後に、

もう一本持っているHamiltonのミリタリー・ウォッチも紹介して終わりましょう☆

☟SHIPS × Hamilton☟

最後まで読んで頂いて、ありがとうございました☆★

 

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