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ボクの奥さん

ボクの奥さんは、半世紀に渡る甲斐よしひろさんファン。このブログは、主に彼女の『甲斐活』について綴っております。

前回の記事を投稿した時には、今日11月8日までには、ブログ引っ越しに伴う修正作業を済ませ

甲斐さんご出演の番組についての記事を書き

万全の態勢で「武道館ライブ」の又聞きレポに取りかかるつもりでおりました…が


その甲斐さんご出演の番組が、ご自身のレギュラーラジオ番組だけでなく

甲斐バンドツアーのための精力的なプロモーション活動によって

新聞・雑誌、テレビ、ラジオ等々、多岐に渡り

それらを見聞きするだけでも忙しかった上に


秋の新ドラマ数本にハマったり、そのキャストの方々の過去作がTVerで配信されたり

また、メジャーリーグのワールドシリーズに釘付けになったり…と

寝るヒマがないほど慌ただしい日々を過ごす内に

気がつけば「今日」を迎えてしまいました(汗)


更に、驚くなかれ!修正作業は、ようやく2020年の記事に辿り着いたばかり…って

言い訳をお許し頂ければ…まず、スマホデビュー並びに、gooブログのアプリ使用を開始して

まだ操作に不慣れな頃の記事には、誤字脱字は元より、明らかに不審な改行が多発しており(苦笑)


しかも、その修正をしようと、間違った文字を削除すると

その文字を含んだ一文が消え失せるという、嫌がらせのような事態が勃発!?(汗)

「ナンじゃあ、こりゃあ!」と焦りつつ、いちいちバックアップを取りながらの修正…


もう修正自体をヤメようか…と放り出しそうになりながらも、ナンとか作業を続け

やっと、その事態が収束した記事が登場し、ホッとしたのも束の間…

新しいスマホに機種変更を余儀なくされた、スマホの末期的症状の時期に突入…(汗)


下書きや保存記事ではないはずなのに

記事の冒頭や最後が、ごっそり抜け落ちている記事が続々と現れ(汗)

もはや手の施しようもないところを、ナンとか元の記事に近い内容を…と書き足したり

「ダメだ、こりゃ…」と泣く泣く諦めたり…(汗)


…という訳で、今回も過去の記事の中に、自分で書いたクセにすっかり忘れていたり(笑)

甲斐バンド50周年とカブってたりした記事をご紹介したいと思います♪


まずは、甲斐バンド16年ぶりのオリジナルアルバム「ノワール・ミッドナイト」の中に

唯一、収録されているカバー曲の作者でいらっしゃる秋吉恵介さんと

甲斐さんが、偶然バッタリお会いになったのは

甲斐さんがご家族とご一緒に博多の映画館で「ボヘミアン・ラプソディー」をご覧になった時で


あまりにスクリーンに近い席だったため、ご気分が悪くなられた甲斐さんが

違う席のチケットを買い直され、急いでシアターへ戻ろうと

「ダーッと…で、また長いエスカレーターを…僕はまあ、ちょっとね

別に小走り…ってほどじゃないですけど、ワーッと上がって行く訳じゃないですか

そしたら、ナゼかですね、降りて来た所に
俺の博多の知り合いの秋吉恵介ってヤツが
『おーい!甲斐!ナンでおるとや?ここに…』みたいな…(笑)
『ええぇー!?』(笑)…で、バーッとハイタッチして
『ああ』って言って上がってったんですけど…」…と話されてました(笑)

ちなみに…秋吉さんは、甲斐さんが照和のオーディション係になられて
一番最初に採用された「あかんべえ」のリーダーでいらした方で
「今までの照和を壊そうとロックバンドもOKの状況に変え始めていた」甲斐さんにとっては
「ボーカルアンプの使い方も充分に熟知し
EQのバランス、エコーの使い方も完璧」な九産大のバンドは
まさに「渡りに船」だったんじゃないかと…?…やら

更に…「『あかんべえ』のギタリストでいらした谷村与志雄さんは
甲斐バンドの照和ライブの際に、音響機材を提供され、搬入も手伝われたそうです」
…やらと綴っております(笑)

続いては…50周年のホールツアーでは、まずサポートメンバーの皆さんがステージに出て来られ
そのあとに、松藤さんとイチローさんが登場なさっていた…とのことでしたが
45周年の甲斐バンドツアーの記事にも…

「客電が落ちた薄明かりの中、ステージ下手側から
前野さんを先頭にツアーメンバーの皆さんが登場された後
1拍置いて、イチローさんと松藤さんが出て来られ「ほぉー!」と奥さん」とか(笑)

これまでの「甲斐バンドツアー」では、正メンバーもサポートメンバーも
いわゆる「ワンチーム」として、甲斐さん以外の全員が、ご一緒にステージに出て来られていたので
まあ、オリジナルメンバーの甲斐バンドに思い入れがある奥さんも
「これも45周年仕様?」とニンマリ(笑)…とか(笑)

また、50周年ツアーのオープニングを飾った「三つ数えろ」のラストで
甲斐さんのブルースハープとイチローさんのギターが炸裂するシーンがスゴい!と聴いていたけど

やはり45周年ツアーの際に、セットリスト予告アルバムとして物議を醸した?(笑)
ベストアルバムの中で、すでに「三つ数えろ」には、新たに手が加えられていて
当然、ライブでも、その通りに演奏されていたみたいで(笑)

「エンディングの甲斐さんのハープが、いつもにも増して迫力があったらしく
『スゴイ!スゴイ!』と心の中で連発していたら(笑)
更に、ハープを演奏しながらマイクをスタンドから引き抜かれ
イチローさんのギターとセッションなさっていたんだとか…♪」との記述がありました(笑)

続いては、今回のホールツアー福岡公演は、新設された福岡市民ホールで開催されましたが
45周年の西日本新聞のインタビューでは…
「今回のツアーは、九州では12月に福岡市民会館で開かれます
市民会館を選んだのは?」という質問に

「将来、市民会館が建て替えられるそうなので、今のうちにと思いました
福岡で生まれ育ったので、その頃の最高峰は市民会館なんですよ」と甲斐さん

「今でこそいろんなホールがありますけど
デビューして福岡に戻って来るなら市民会館を満席にするっていう夢を僕らは持っていました
音響もよく、ステータスですから。いいパフォーマンスをお見せしたいと思います」
…とお答えになっていて、やはりアマチュア時代の「聖地」でいらしたんだなあと…

次は、WOWOWでオンエアーされた「甲斐バンド論」の中に、萩原建太さんが登場された際に
甲斐バンドが、パワーステーションでミックスをなさったことに触れられてましたが
45周年のインタビューでも…「あのー、先ほども言ってた海外でのトラックダウン
今、わりと海外で色々トラックダウンしたりすることって
わりと普通になって来ましたけれどもね

えー、やっぱり、この甲斐バンドとかオフコースとか…
オフコースは西海岸の方でやってたんですよ
で、甲斐バンドはニューヨークで…っていうね
この両者が切り開いた地っていうのは
非常に大きかったなっていうような感じがしますけども…」と、ほぼほぼ同じ話をなさってます(笑)

そして、最後は…ライブハウスツアーで、そのMCと共に
奥さんが、毎回のように号泣したという「ティーンエイジ・ラスト」について
甲斐さんは…「それはずっと僕の中にあったんですよ
あの歌詞は、大森信和が倒れる前に書いたんです

1996年に『BIG NIGHT』というプロジェクトを始めるにあたって、久しぶりに長く会って話した時
彼が体にちょっと具合のよくないところを抱えていることを知りました
そのこともあったから、あの曲を書いたんです
つまり、大森信和に向けて書いているようなところもあるんですよね」と話され

大森さんが亡くなられた後のツアーで、この曲を歌われた時に
「急に込み上げるものがあって、涙が出て来て
声がヨレちゃってるんだけど、ライブCDにはそのまま収録した」
…と、おっしゃっていたことが記されていて
それを奥さんに見せると「ナンで、こんな大事なことを忘れていたんだろ…?」とうるうる…

更に…今朝のサンスポの記事の「絆」という文字から連想したのは
TOKIOの某メンバーの方の事件が起こった時…
甲斐さんは、単に長瀬智也さんのファンというだけでなく(笑)
甲斐さんの中では、男闘呼組と同様に「バンド」として認識されているようで

ご自身のスタジオへ、メンバーがそれぞれ別個に訪れ、レコーディングなさったにも関わらず
録音したテープを重ね合わせると「ピッタリだったもんね!」と驚かれ
更にその「バンド感」を強く持たれたみたいで

「関係はいったん切れても絆があれば、いつか繋がるから…
バンドって、そういうものなんで…」と
甲斐バンドのことを重ねておられるかのような言葉を口になさったあと
「人生は長いからね」と、おっしゃったことを記した記事を探してしまいました…

余談ですが…
奥さんと同世代の作家・岩井志麻子さんが
西城秀樹さんが亡くなられた際に…
「大きなショックを受ける私を見て、息子たちは言いました
『おかん、そんなにファンだったっけ?』
そこで、はたと思い出しました

美空ひばりさんが亡くなった際
親たちが『ショックだ』と騒いでいたのに対し
『そんなにファンだった?』と私も思った
その死のショックの大きさに自分自身が驚くのは
失って初めて、彼が『時代の象徴』だったことに気づいたからでしょう

(新御三家の)3人のうち誰が好きか?で女の子同士で盛り上がりました
ヒロミが好きな理由は『かわいいー』だったし
ゴローの歌の上手さに惹かれる子もいました
その中で私がヒデキを好きだった理由は
一番男というか『オス』の匂いを漂わせていたからです

当時は子供で、その魅力を『エロさ』という言葉には出来なかった
エロさの源は、容姿やステージなどの他に、独特な歌い方にもあります
『傷だらけのローラ』のような、男の人があれほど切なげに
女性を求めて叫ぶ声など聞いたことがありませんでした
それが非日常のエロスを感じさせたんですね

少し上のジュリーだと、誰が見ても背徳的な雰囲気だったから『そこが好き』と言えた
でも、ヒデキの魅力を『オスっぽいから』などと言ったら『イヤらしい』と驚かれかねない
自分の意見を表明するにも、子供なりに相手の腹を探り
空気を読むことを通じても、ヒデキは少女を大人にしたのです」…と振り返っておられるんだけど

これは、東郷かおる子さんが「クイーン第1世代」の少女達について…
「男も女も目眩ましされてしまうような淫靡さとインモラルな雰囲気は
作ろうと思っても作れるものじゃない
生まれつきの資質で、それに気づいた人が惹かれるんですよね

ベイ・シティ・ローラーズと違うのは
クイーンは『いやらしいけどステキよね』って
親に隠れて、ひそひそ話をする楽しみを教えてくれたこと(笑)
そういうことを『オンナコドモ』のものって決めつける風潮が
クイーンに苦手意識を持つ一部の男性を生んだんでしょうね」…と評されたことは

水上はる子さん、亀和田武さんが
「初期の甲斐バンドファン」について記されたことと全く同じで
「思春期に差し掛かる微妙な年齢の少女達の中には
あるシンガーによって、自分でもしかと認識できない内に
セクシャリティを呼び起こされる人間がいるということでしょうね?」…という記事があり

もう「思春期に差し掛かる微妙な年齢の少女」ではなくなっても
きっと今夜も「セクシーさ全開」の甲斐さんにヤられちゃうんだろうなあと…(笑)