武蔵憎しの一念で武蔵の行方を追いかけて、ここ宝蓮寺でついに宿敵を捉え
今度こそは『五分と五分』で決着をつけよと果たし状を突きつけ
命をかけた再対決が『三日後の朝』と約束された」あと
「私も参籠禅に加えて頂く」と宣言する小次郎
「あの手この手を使う武蔵のことよ、ひょっとしたら逃げ出すかも知れぬ
試合場に何か汚い仕掛けをするかも知れぬ
いや、約束を破って、今にも騙し討ちをかけて来るかも知れぬ
そこで、私もこの参籠禅に加わって、武蔵の一挙手一投足から
いっときも目を離さないようにしていたいのだ」と話すと
武蔵も「この武蔵とて同じこと、片時も離れずに、お主を見張っている覚悟だ」と応戦
そして、第1幕3場「蛸(第1日・夜)」
沢庵様から「男寺に女子を泊める訳には行かぬのでな」と見送られる、まいさんと乙女さん
「あのお勇ましいお二人、真夜中にいきなり斬り合いを始めたりしないでしょうね」
「あれからずーっと、互いに互いを厳しく見張っておいででしたわ
あれでは、眠ることも出来ないでしょうに…」と気を揉むのへ
「実はな、宗矩殿が素晴らしい妙策を出して下さったのだよ
これまでにも、何度か試して上手く行ったという上策らしい」と告げられ
ホッとして帰路につこうとした時、急にまいさんが、舞狂言の「蛸」を舞い始めてビックリ!
まあ、まいさんは「小次郎とおっしゃるあの若武者にお目にかかってから
何故か舞い手の頃の当たり狂言『蛸』のことが思い出されてならない」と説明なさってたけど…
もっとも、野村萬斎さんが指導されたという
この「蛸」の舞いを披露なさる白石加代子さんは、本当に素晴らしく
大阪公演では、まいさんが下手側袖へ下がられる時に、大きな拍手が贈られたんだとか…
ちなみに、白石さんは御年79歳でいらっしゃるそうで
今回の7回忌公演の話は「体力的に大丈夫かしら…」と悩まれたものの
「やっぱり、自分が演じた役を他の人に取られるのは悔しいの(笑)」とお受けになったらしい(笑)
ともあれ…屋根付き廊下から、平心さんと小次郎が登場し
客間に向かって歩いて行く、その足元を見ると
平心さんの右足首と小次郎の左足首が麻縄で結びつけられていて
小次郎が「えい、もう…ろくに胡座も組めないではないか!」と文句を言うと
「お足をゆるゆるとお伸ばしなさいまし、胡座よりもずっとお楽ですよ」と平心さん
「ときに、水ごりを取っておいでの時、きちんと畳んだ小袖の上に
革袋のようなものが大事そうに置いてありましたが、あれはお守りでしょうか?
中に手鏡の小さいものが入っているかも知れませんね」と話し
「何故、判る?」と驚く小次郎に「二つに割った手鏡を片方ずつ持ち合うのは、よくあることです
想いびとからの贈り物でしょうか?」と訊ねると
小次郎は「この6年の間、色恋は断っている。これは母上の形見だ
どこから来てどこへ行く旅だったのかは判らぬが、福井の御城下で倒れて
これを遺して息を引き取ったということだ」と答え、ここから小次郎の生い立ちの話へ…
富田五郎左衛門勢源という日本一の小太刀の使い手に引き取られ
物心ついた時にはもう、その養父の相手を務めていたらしく
すっかり腕を上げた13歳の時に「もっと強い師匠」を求めて諸国修行の旅に出て
岩国で、素早く飛び交うツバメを斬っては落とし、斬っては落としている腕を認められ
「日本一の天才剣士よ」と小倉の細川家に召し抱えられた…
と語る間も、刀を振るうジェスチャーが入るため「動きづらいな!」と文句を言うんですが
観ている側からすると、その動きに振り回される平心さんの方が大変そうでした(苦笑)
「ところが、そこへ武蔵が現れた!きゃつもまた日本一の看板を背負っていた
そんな誤魔化しを世間が許しておくはずがない!
あの(舟島の)時の武蔵め、今も許しがたい!」と怒りがぶり返していたトコへ
「いち、に、いち、に」とリズミカルな掛け声が聞こえ
宗矩殿、武蔵、沢庵様が、三人四脚でやって来て(笑)
宗矩殿が「これは、我が父、柳生石舟斎先生ご考案の稽古法でな
険悪な仲の弟子がいると、決まって二人三脚をさせていた」と説明しながら
自分の左足首と小次郎の右足首を結びつけて
「これも柳生新陰流の極意の一つ、覚えておいて損はないぞ
こうしておけば、今夜は安んじて休むことが出来る
それだけではない。こうして麻縄によって繋がれることで生まれて来るものがある」と話すと
「赤黒いアザなら出来そうだな」と沢庵様(笑)
「いや、友情の芽が生まれる!気持ちを一つにしない限り、前へも後へも進めない
いかに険悪な仲であろうが、足並み揃えて歩むならば
半日もせぬ内に、互いに気持ちを通わせ合うことを学ぶはず」という宗矩殿の言葉にも
「わしは庫裏で休むぞ!武蔵との間には既に禅で結ばれた友情があるのでな」と断固拒否(笑)
…が、宗矩殿は「御坊は、平心坊と共に、武蔵と小次郎を両端から挟む
そして、この宗矩が中軸にデンと据わる
こうしておけば、揺るぎない一つの型が出来上がる
これぞ柳生新陰流両固め!これで万全!御免!」と言いたいだけ言うとバタンキュー(笑)
その動きに引きずられて、あとの4人も仰向けになるも
しばらくして、小次郎が上半身を起こし「あの舟島…!日光で頭のてっぺんを炙られる辛さ
湿った潮風で冷えて行く右肩への心配り、腹の底からふつふつと沸き上がる怒り
そして、これらを抑え込んで、平常心を保つことの難しさ…判るか、武蔵!」と叫び
同じく上半身を起こした武蔵に「声が高いぞ!方々の夢路を妨げるな!」と諭されても
「聞け!イライラ待つ内に、奇妙な…何か淡い期待のようなものが芽生えて来た
もしや武蔵は臆病風に吹かれて逃げたのではないか?
となれば、この身は『佐々木小次郎強し』の声に迎えられながら、御城下に凱旋することになる…
この小次郎も剣で立つ者の一人だ、常に死を念頭に置いている
だが、あの舟島では…勝てるのか、それとも負けてしまうのか
絶えず揺れ動く心を抑えるのも大変なところへ
もう一つ、戦わずして勝てるかも知れないという奇妙な期待が割り込んで来たのだ
生か、死か、不戦勝か…この三つが頭の中をグルグルと回り始めた
こんな心の持ちようで、まともな試合が出来るか!?
従って、遅刻したお主は狡い策士だ!卑劣漢だ!」と怨みつらみが溢れて来る様子(苦笑)
すると、宗矩殿が起き上がり「不思議やな~、面白や~、回る月日の素早さに
カチカチ山の狸の子、早や六歳になりにけり~」と夢うつつで
「孝行狸」を謡い舞いながら庭へ出て行こうとするため、麻縄で繋がれた4人も必然的に庭へ…(笑)
ここからウワサの「五人六脚」の始まり始まり~!(笑)
吉田さん演じる宗矩殿を挟んだ武蔵(藤原さん)と小次郎(溝端さん)は
巌流島の決闘について、お互いの主張を声高に言い合う体で
ご自分の外側におられる沢庵様と平心さんの肩や背中を押しながら
それぞれ下手側へ、上手側へと進んで行こうとなさるので
お二人と足首が繋がった吉田さんは、徐々に足を広げられ、180度近い大股開き状態に…(汗)
もちろん、藤原さんや溝端さん達も足首に麻縄が食い込み、痛い思いをなさっているんでしょうけど
…って、藤原さんの足首から血が流れていたこともあったようです(汗)…
吉田さんはとても立っていられず、ついに仰向けに倒れられて、声も出せないくらい悶絶(汗)
大阪公演初日は、クスクス笑いをこらえていた観客の皆さんも
「痛あ~い!」という吉田さんの魂の叫びに、手を叩いて爆笑されていたそうで(笑)
埼玉公演、東京公演をご覧になったあと、大阪に遠征して来られたリピーターの方が
SNSで、関西人の豪快な笑い方にビックリなさっていたけど、通常運転ですよね?(笑)
大阪楽日になると、この場面が更にパワーアップしていたらしく
吉田さんが手にされた扇子で、両側から足首を引っ張るお二人の
脚と言わず、顔と言わず、バシバシ叩いて反撃(笑)
その勢いで扇子が客席に吹っ飛び「あっ!?」という声を上げられたものの
2列目…(1列目がクローズだったため実質1列目)の通路際に座っていらした方が
落ちた扇子をそっと拾って、舞台に差し出されたんだとか…(笑)
藤原さんは、扇子の当たり所が悪かったのか?痛そうな表情をなさっていたかと思ったら
沢庵様を押し出すように下手側へ下手側へと進んで行かれ
本来、ステージ中央で展開するはずの攻防は、下手側袖の辺りへ移動(笑)
足首の麻縄が外された途端、あまりの痛さにキレた?吉田さんが
藤原さんを追い回され、藤原さんは客席に緊急避難(笑)
舞台上に戻ろうとなさるも、吉田さんが上から睨みつけてブロックされたので(笑)
舞台と最前列席の間の通路をウロウロなさっていたそうです(笑)
ただ、奥さんは、この場面を拝見して涙を流しながら大笑いしつつ
「どうせなら、大阪初日の席の時に降りて来て欲しかったなあ…」とボヤいていたらしい(笑)