J-POP LEGEND FORUM(6/21)その3 | ボクの奥さん

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ボクの奥さんは、半世紀に渡る甲斐よしひろさんファン。このブログは、主に彼女の『甲斐活』について綴っております。

「J-POP LEGEND FORUM 甲斐バンドパート3
70年代から80年代にかけての新しい時代を切り開いた栄光のロックバンドの軌跡
今週は80年代です。えー、次にお聴き頂くのは、80年代最初のシングルですね

作曲とボーカルはね、甲斐さんではなくて、ドラムの松藤英男さん
カネボウ化粧品のCMソングでした。で、お聴き頂くのはですね
1980年8月の箱根・芦ノ湖畔で行われた野外イベントのライブバージョン」と田家さん

「ドラムスの松藤が歌ってくれる!」という甲斐さんの紹介から始まる
「ビューティフル・エネルギー」を流されたあと
「1980年3月に発売になった『ビューティフル・エネルギー』80年代最初のシングルでした

79年はですね『HERO』がですね、CMソングでミリオンセラーになってですね
まっ、その次のCMソングですから、やっぱりこう…
当然、その第2弾というのはですね、周りが期待する訳ですが
そこに全く違うアプローチでですね、ドラムの松藤さんをクローズアップしたのが
これがですね、当時のバンドの一つの戦い方でしょうね

つまり、バンドの勢いをですね、えー、使って、外部の力とどう拮抗して行くか
相手にですね、流されずに、それをですね、自分たちのものにして行くという
そのバンドの戦略的な、こう…意図というのがですね、この辺に見えますね

しかも、79年にですね、ベースの長岡和弘さんが抜けて、3人になった訳で
バンドの再出発というですね、旗も掲げなければいけなかった
まっ、そういう中で『俺たちはこういうバンドなんだ』ということをですね
こんな風に見せたという、そんな1曲でした」

…と話されてましたが、当時の甲斐さんは「松藤がね、すごいイイ曲を書いて来たのね
すごいキレイなメロディで…で、俺はそれを…ナンて言うのかな?
その曲に松藤の人生を懸けさせてあげたかった」という風におっしゃったそうで
ファンの皆さんはほぼ全員「松藤さん、結婚するんだ!」と思われたんですよね?(笑)

ちなみに…「ビューティフル・エネルギー」の歌詞に
ストーンズの曲みたいにWミーニングが潜ませてあるのは
「俺が歌うと生々しくなっちゃうけど、松藤のアノ爽やかな声なら…(笑)」と
松藤さんのボーカルありきで、お書きになったからなんだとか…

ともあれ…「で、80年代の始まりの曲ということで
もう1曲ご紹介しなければいけないのが、80年7月に出た『漂泊者』ですね
『漂泊者』と書いて『アウトロー』と読みます
これは、テレビドラマ『学園危機一髪』のですね、主題歌だったんですね

で、80年代初頭のですね、世間…世の中の出来事…まっ、社会状況
えー『荒れる学校』というのがですね、問題になっておりました
警察白書というのがですね、当時の校内暴力の発生件数というのを全部記録してますが
80年、81年というのはですね、校内暴力が発生した件数一番多いんです
それも、中学校だったんですね

そういう背景を舞台にして『金八先生』というのが、大ヒットする訳ですが
この『学園危機一髪』はですね『金八先生』よりもドキュメンタリータッチのドラマでした
で、1回目がですね『ガラスの動物園』というタイトルのドラマだったんですね
で、(挿入歌の)選曲がですね、甲斐バンドだった

テレビドラマの中でですね、全曲がそういう主題歌を歌った
バンドやアーティストの曲っていうのも、それまでに例がなかった記憶がありますね
しかも、70年代全くテレビに出なかったロックバンドをですね
そんな風にフィーチャーしたということでも
この『学園危機一髪』はですね、画期的なドラマでありました」と説明なさってましたけど

「金八先生」のモデルが、尾木ママこと尾木直樹さんでいらしたのに対し
この「学園危機一髪」は、今で言うところのフリースクールみたいな高校の校長
若林繁太さんの「教育は死なず」が元になっていることもあり
よりリアリティがあったんじゃないかと…?

第1話の「ガラスの動物園」で、田中邦衛さん演じる英語教師が
自分の英語が外国人に全く通じないと知り、酔って泣き叫ぶシーンは
「『聖職』に就いてる先生だって、やっぱり人間なんだ」ってことが
リアルに伝わって来て、今でも強く印象に残ってます

その第1話で、挿入歌として流れたのは
「この夜にさよなら」「ゆきずりの風」「翼あるもの」だったんですが
山田太一さんが、かつて甲斐さんに宛てた手紙に
甲斐さんの曲をご自身のドラマに使いたいと思っても
甲斐さんの作品は、しっかりした自分の世界を持っているから
ドラマの方が負けてしまいそうだと書かれた通り

甲斐さんのお書きになる曲は「情景が目に浮かぶ」曲が多いし
何より、甲斐さんの声に耳を奪われ、ドラマの内容が入って来にくいような気が…?(苦笑)
このドラマでも、やはり全編に渡って甲斐バンド尽くしとは行かなかったみたいで
通常のSEや無音で流した場面もありましたよね?(笑)

そうそう!この「学園危機一髪」の画期的な点といえば
「ナナハン・ドラマ」との番組枠名が示すように
午後7時半から9時までという「90分枠」だったこと
テレ朝の2時間ドラマ「土曜ワイド劇場」は始まっていたとはいえ
「火サス」はもちろん、スペシャルドラマなどもなかった時代に
「1時間モノ」じゃないドラマというのは、かなり異色だったなあと…

その「プラス30分」のおかげで、余裕があったのか?(笑)
主題歌を2分半、丸ごと流すことも前代未聞だったでしょうし
そのタイトルバックの映像も、男女の高校生それぞれの1日を描いた
一編のドラマのように凝ったものでした

そのタイトルバックには「主題歌:アウトロー・漂流者
甲斐よしひろ&甲斐バンド」とクレジットされていたんですが
奥さんによれば…当時、甲斐さんが「『漂流者』にするか『漂泊者』にするか迷ってて
その頃、ちょうどツアーで北海道を廻った時に、流氷をみたんで
『漂流者』にしようかと思ったんだけど
『ドリフターズ』と一緒になっちゃうのはチョットね(笑)」と話されていたんだとか…(笑)
そのクレジットが「漂泊者・甲斐バンド」に訂正されたかどうかは不明です(苦笑)

当初、レコード発売の予定はなかったものの、視聴者からの反響が大きくて
A面のみのレコードを番組プレゼントとして出したところ
80名の募集に80万通の応募があったらしく、緊急リリースが決定
佐藤剛さんが、カネボウ化粧品に出向かれ
「ビューティフル・エネルギー」とカチ合ってしまうことを謝罪なさったんですよね?(苦笑)

それはともかく…79年の春のツアーが終了後、長岡さんが体調を崩され入院なさったため
甲斐さんは「秋のツアーを中止する」とまでお考えになったくらい
「甲斐バンドは4人揃ってこそ甲斐バンド」と思っていらしたのに
結局そのまま、長岡さんは脱退されることになったり(汗)

80年1月に、長らく同棲されていた方と晴れて入籍なさった…と思っていたら
実は「3月の時点でもう家を出て、ホテル暮らしをしてた」りと
公私共に激動の時期を迎えておられた訳で(汗)
この「漂泊者」には、大森さんが、甲斐さんご夫妻の喧嘩の仲裁に入られた翌日に
作って来られたことに驚かれたというエピソードもありましたし

「バンドの勢い」とか「戦略的な意図」といったことだけでは説明がつかない
もっと壮絶なオーラみたいなものに包まれておられたんじゃないかと…?