「転職だらけ、つぎはぎだらけの人生」とおっしゃる壇蜜さんも
その時時に精一杯お勤めになったお仕事について「無理はしたが、無駄ではなかった
どんな経験も、いつか何かをする時に使える
ポケットの中の小道具のようなもの」と振り返っておられます
ただ、甲斐さんがサンストのパーソナリティを降りられる際に
ラジオで話すためのアレコレが詰まった「引き出し」が空っぽになった
…というようなことをおっしゃっていたのは
ムダなことをなさる時間を、ラジオで話される時間が超えてしまったのか?
それとも、話したいことを言い尽くしてしまわれたのか?
いずれにしても、当時の奥さんにとっては「神の声」にも等しかったであろう(笑)
甲斐さんの感じ方や考え方、判断の基準について聴けなくなることは
いわば「人生の指針」が失われるということだったらしく
それからしばらくは何をするにも「甲斐さんだったらどうするか?」と
考えることが止められなかったんだとか…(苦笑)
それはともかく、哲学者の戸田山和久さんは…
「人は学ぶ前に、つい『こんなの勉強して何になるの』と問う
つまり、知らないことがあること自体を知らなかった訳だ
が、学ぶことの意味は、実は学んだ後でしか判らない
世界には、自分が知らない領域が想像をはるかに超えて広がっていることを
これまでろくに知らなかったと思い知ること…
『無知の無知の知』こそ『教養』というものだ」…と説かれ
作家の遠藤周作さんは…「『恐れる』とは、強大な威力を前にして怯え縮こまること
『畏れる』とは、自分をはるかに凌駕する存在を目の当たりにして震撼しおののくこと
『恐れる』と『畏れる』の違いを若い人は知っていない
人々はいつ頃からか、自分を超えたものがなす審判に身をさらすことを拒むようになったが
そのことで自らに厳しい要求を課すこともなくなった」と指摘
ロシアの作家トゥルゲーネフは、代表作「初恋」の中で…
「(青春の特権は)『何でも出来る』ではなく
『何でも出来ると思える』ところにある
持てる力を、他に使いようがないまま無駄遣いしてしまう…
そこにこそ青春の魅力が潜んでいるのかも知れない」と記し
そして、山田詠美さんはエッセイ集「吉祥寺デイズ」で…
「収まりの良いイメージの鋳型の中に自分をすっぽり嵌めることに強く抗い
時にふてくされるのも『若気』のしるし
背伸び、分不相応、勘違いこそ若い時の特権だ
その抵抗はもちろん過ちと紙一重だが
バランスを崩してでも体を張るという経験をしたことがない人は、いざという時、身をすぼめるだけ
だいたい、私、若気の過ちを通過していない人間を信用しないタチなんで…」…とおっしゃっていて
ボクの世代はもちろん、奥さんの年齢でも、思わず「ああ…」と遠い目をして(苦笑)
過ぎ去りし日々を思い、今でこそ深~く頷けてしまう(笑)言葉の数々だけど
安田弘之さんの漫画「ちひろさん」の中では、元風俗嬢の主人公が
「我慢するために自分についた小さな嘘が重なって、都合のいいストーリーが出来上がる」と言い
「折々のことば」の鷲田清一さんの知人の方は
居酒屋で「隣合わせた中年の客」が口にした
「思い出は時々、補修した方がいいよね」という言葉が
「自分の中で、あとを引いている」とおっしゃったらしく
「記憶は、意識というより、その淵…つまり体に貯えられることもあれば
あることを思い出すのが苦しくて、別の記憶にすり替えられることもある」と鷲田さん
「更に、繰り返し整えられ、修正され、やがて見事な悲劇に仕立てられる
記憶とは、このように捏造されやすいのだから、常に点検が必要なのだ」と警鐘を鳴らされていて
「最近のことはともかく、昔のことは鮮明に覚えている!」というボクの自信も揺らぎがち…(苦笑)
まあ、甲斐さんも「BIG GIG」の観客動員数や、花園ラグビー場の鉄柵の太さなど
随時更新なさっているみたいだし…(失礼!)
それに、霊長類学者の松沢哲郎さんによれば…
「チンパンジーは『今、ここ』を生きている
だから、一瞬パッと目の前に示された数字を丸覚えするのは上手だが
ずっと先のことに思いを馳せたりはしないので、絶望もしない
これに対してヒトは、過去や未来といった不在の時に心をたなびかせる
だから、過ぎし日を懐かしみ、後悔もすれば、行く末を案じ、祈りもする
絶望するのと同じ能力、その未来を想像するという能力があるから、人間は希望を持てる」…そうで
気づかぬ内に記憶が若干?(苦笑)改竄されるとしても
それが「考える葦」にのみ備わった能力だと思えば
「差し替えられた記憶」もまた、もうひとつの「真実」なんじゃないかと…?
一方で「不便だからこそ、いいことがある」と
工学博士の川上浩司さんが提唱なさっているのが「不便益」で
ある介護施設では、身体能力の低下を防ぐために、あえて段差を設け
バリアフリーならぬ「バリアアリー」と呼んでいる(笑)とか
漢字を忘れないように、偽の漢字を時々交ぜてくるワープロや
道を覚えやすいように、何度も通ると道がかすれて消えて行くカーナビなどを用いて
便利さを減らすことにより、使い手を少し成長させてくれる工夫も必要なのかも…?
便利といえば、進化がめざましい自動翻訳機だけど
1960年代、ソ連と冷戦状態だったアメリカが
人工知能の技術を駆使し試みた翻訳の自動化では
「精神は貴い」という英語が「ウォッカは美味しい」と訳されたらしい(笑)
英語の「精神(スピリット)」には「蒸留酒」の意味もあり
ロシアの「蒸留酒」なら「ウォッカ」だろうと勘違いしたんだとか…(笑)
そこから半世紀以上が過ぎ、大きく前進したかと思ったら
大阪の地下鉄公式サイトで「堺筋線」の英訳が「サカイ・マッスル・ライン」だったり(笑)
列車の「3両目」が「アイズ・スリー」だったり(笑)ベタな誤訳が発見されたみたいで
「いずれ人間の仕事を奪って行く」と言われている人工知能が、ちょっと可愛らしく思えました(笑)
余談ですが…元・上野動物園長の小宮輝之さんの著書「動物園ではたらく」によると…
見物の人波が去った夜の動物園では「動物たちは地金を隠さない」らしく
チンパンジーは、新人でいらした小宮さんを侮り、給餌スプーンを奪って、寝具の麻袋に隠すわ
ヤクは、かんぬきを外して脱走するわ
孔雀は、線路で羽を広げて電車を止めるわ…で
「死なれるのは無性に悲しいですが、逃げられることの方が恥なんです」と小宮さん
ドラマとは違う意味の「逃げ恥(笑)」を披露されているんだけど
これって、飼育員の方がナメられている(苦笑)というより
「開園中」の動物たちは、お客の目を意識してるってこと!?とビックリ(笑)
でも、東日本大震災の日は、揺れの直前に、アイアイが枝から枝へ激しく跳ねたり
ゴリラの父親が妻子を抱きかかえたり
キジの仲間コジュケイが、余震のたびに顔を外に向けて円陣を組んでいたなど
野生の本能に従ったと思える行動が見られたようだし
ペットとして飼われている猫と野良猫の中間くらいの感じ?
「見てる」つもりが、動物たちから観察されているのかも知れませんねぇ…(苦笑)