オリジナル甲斐バンドに当てはまる?(笑)とご紹介しましたが
大森さん役の(笑)ブライアン・メイは
フレディの没後20年と、バンド結成40年という節目に開かれた
クイーン展についてのインタビューで…
「普通、クイーンのイベントは、僕らが主導して行うんだ
でも今回は、多くをレコード会社に任せて、今日初めて足を踏み入れた訳だけど
子供時代に戻るような感覚だった
世界中をツアーして回った巨大なクイーンというバンドではなくて
4人の男が夢を信じていた無名の時代に直面したんだよ
写真の中には、当時すごく親しかった人達や
今はもうこの世にいない人達が写っていて、記憶が鮮明に甦って来た
若い頃の気持ちを思い出して、痛々しく感じたよ
自分達が成し遂げた業績を誇りには感じているものの
初期の姿をあれほど細かく目にするのは、痛々しい体験でもあるんだ」とコメント
更に…「僕の心境的には、フレディがいつも身近なところにいるように感じてる
ずっと彼と一緒に音楽作りをして来たから
スタジオの隅を振り向くと、今でもフレディがいるような気持ちになる
『今やっている曲にどんな反応をしたかな』なんて思うんだよ」との言葉に
奥さんは、穏やかな笑顔の大森さんを思い浮かべたみたいで
自分でさえ、ライブ中にふと大森さんが
その場にいらっしゃるような気がする時があるんだから
きっと甲斐さん達はもっと強く感じておられるんじゃないか?と…
続いて…「フレディの派手な面は好きでしたか?」という質問に…
「とっても!開放感を感じたよ
音楽の中には深刻さが込められていて、同時にユーモアもあった」とブライアン
「僕は、自分が見たいと思うようなバンドになりたいんだよ
例えば、僕は、ザ・フーやジミー・ヘンドリックスのライブを見に行ったけど
現場では彼らの個性がデンジャラスでカラフルで
次に何が起こるか全く判らなかった
そんな若い時に僕が感じた気持ちをライブで提供したいんだよ
だから、クイーンのショウは、巨大なサウンド、照明、色々な要素が満載で
全体で大きなノイズを作っていたんだ」…と答えていて
甲斐さんが「自分が聴きたいと思うものを誰も作ってくれないから」と
ご自身で曲を作られるようになったことや
初めてライブをご覧になった時に「圧倒された」とおっしゃっていた
「色鮮やかな照明」にこだわられていること
また、甲斐さんが、ストーンズから受けられた衝撃や影響を
同じくプロになられたご自身が「同じように若い世代に向けて発信出来るのか?」
…とお考えになったということなどを重ね合わせた奥さん
「『オペラ座の夜』の頃までに、欲しかった機材や設備を揃えて
時間をかけてアルバム作りが出来る環境になったし
マネージャーがジョン・リードに代わって
『資金のことは気にしないでいいから
最高のアルバムを作ることに専念してくれ』と言ってくれたんだ」という言葉にも
甲斐さんが、佐藤剛さんをマネージャーに迎えられ「夢の砦」と呼んでいらした
「BEATNIK」を立ち上げられたことを思い出したんだとか…
そうそう!映画の中で、そのリード氏をポールが
フレディのソロ契約にかこつけて騙して追い出してしまい
常日頃から、フレディの無軌道ぶりを苦々しく思っていたメンバー達…
特にロジャーは、ポールが口を開くたびに
「黙ってろ!」とか「口を出すな!」と怒鳴るシーンがあったり
ブライアンでさえ、フレディが1人で姿を現すと
「珍しいな」と皮肉を口にしたり…を始め
メアリーは、フレディに電話を取りついで貰えなかったり
ジム(マイアミ)ビーチ氏も、伝言を伝えてくれているのか怪しんだり…と
ずいぶんな描かれ方をしてますが
「映画での描き方以上ですよ!」と東郷かおる子さん(笑)
「私にとっては天敵です
フレディに取りついでくれなくて、何度も大げんかしました
最後は彼、私の顔を見て逃げ出すくらいだったの(笑)」と話される一方で
「それでも、フレディは、お金と名声を手に入れても
孤独が埋められなくて、寂しかったんじゃないかな」と振り返っておられます
その東郷さんは、今回の映画について…
「名画かどうかは判らないけど、良い映画であることは確か
『ライブエイド』をクライマックスにしたことに否定的な意見もあるけど
私は良かったと思ってます
音楽総指揮のブライアンとロジャーは、脚本を読んでいたはずだし
彼らは、フレディを悲劇のスターにも
スキャンダラスな主人公にもしたくなかったのよ
ジム・ハットンと出会って看取られたことも
フレディには幸せなことだったろうし… 」
ちなみに、このジム・ハットン役の俳優さんも
ブライアンやフレディのママに負けず劣らず
ご本人とよく似ておられるらしく(笑)
この映画のオーディションの様子にものすご~く興味をそそられてます(笑)
ともあれ…「史実と違うところはあっても
クイーンの本質は描かれていたと思う
クイーンには粗削りな部分がないの
頭が良かったし、フレディが持つ美意識の高さも大きかった
男も女も目眩ましされてしまうような淫靡さとインモラルな雰囲気は
作ろうと思っても作れるものじゃない生まれつきの資質で、それに気づいた人が惹かれるんですよね
ベイ・シティ・ローラーズと違うのは
クイーンは『いやらしいけどステキよね』って
親に隠れて、ひそひそ話をする楽しみを教えてくれたこと(笑)
そういうことを『オンナコドモ』のものって決めつける風潮が
クイーンに苦手意識を持つ一部の男性を生んだんでしょうね」と東郷さん
奥さんが某バンドを頭に置いて、深く頷いたことは言うまでもアリマセン(笑)
「ドキュメンタリーとは違う高揚感は『忠臣蔵』にも似ている
史実をベースにした、現実とは異なる物語の世界だけど
伝わって来るものは本物でしょ」…というコメントは秀逸だと思います
それはともかく…【炎のロックン・ロール】から
クイーンの全ての楽曲の訳詞を手がけていらっしゃる山本安見さんは…
「彼らの魅力は、全員が作詞作曲できること
小気味いいロックンロールから、胸に染みるバラード、壮大なファンタジーまで
どの曲も個性的で、絶妙なバランスを持っています
それらをあの魅惑的な4オクターブの声を持つフレディが歌うことで
ゴージャスでドラマチックな世界が完成するんですね彼らの曲で思い出深いのは【キラー・クイーン】
それまで古典文学のような【オウガ・バトル】や
【輝ける7つの海】を作って来たフレディが、この曲から変わったと感じました
彼独特の妖しいセクシャリティと
気品のあるインテリジェンスを醸し出している曲だと思います
歌詞(リリック)が詩(ポエトリー)と違うのは
曲と一緒になることで初めて言葉が生きて来ることですから
訳詞にも曲のリズムとメロディを感じさせなければいけません
余分な説明や過剰な感情を入れず
エッセンスだけを自然な日本語で表現すること
オリジナルの意味を損なわず、言葉を選び抜いていくことを心がけました」
…とおっしゃっているんですが、高校生の甲斐さんが
詩ではなく「歌詞なら書ける」と思われたことや
カバー曲を手がけられる際に気をつけていらっしゃることと
重なる部分が多い言葉だなあ…と思っていたら
「私はロックと出会った時に自分の人生観が決まりました」と山本さん
「心の声に素直に耳を傾けること、本物と偽物を見極めること
何事も自分の目で確かめ、自分の頭で考えること
そして、自分が『格好いい』と感じたものがロックなんです」と話されていて
もしかしたら、甲斐さんのお知り合いなんじゃないかと…?(笑)
ちなみに、本日発売の「クイーン詩集」で
山本さんの手による訳詞を楽しめるみたいです♪