甲斐よしひろ BEAT HARDWORK(6/1)おまけ | ボクの奥さん

ボクの奥さん

ボクの奥さんは、半世紀に渡る甲斐よしひろさんファン。このブログは、主に彼女の『甲斐活』について綴っております。

「…ということで、これも問題になったTOKIOに
僕が贈ったナンバーですね、ハイ」と甲斐さん

「結局、ああいう風に悪質だったんで、問題は…
処罰されるということで良いと思うんですけど
まあ、だけど、いったん関係が切れても絆があればね
えー、どっかで繋がって行くんで…バンドもグループもね

人生は長いですから、ハイ…ショーは続いて行くということで
是非、頑張ってやって頂きたいなと思います」
…と、ビルボード・ツアーのMCでも話され
奥さんが「甲斐バンドのことを重ねてるのかなあ?」って
うるうるしたという言葉の後

「それを甲斐バンドでカバーしたヤツをやりましょう」と
5曲目【ラン・フリー】が流れると

35周年ツアーにゲスト出演なさったkainatsuさんを前に
甲斐さんが緊張のあまり?歌詞カミカミで、やり直しになった際
当のゲストの方に肩を抱かれて(笑)
「よしよし」されていらしたのを思い出したのか?ニヤニヤ笑いの奥さん(笑)
父の日が近いとはいえ、そろそろ時効じゃね?(笑)

曲が明けて、メール募集の告知かと思いきや…
「えー、ビルボードのツアーが終わったばっかりなのに
ホントに申し訳ないんですけど、皆さん(笑)10月8日から秋のツアーね
スケジュールが、ついにまた出て来ました」と甲斐さん(笑)

甲斐報が届いたのとほぼ同時の発表にビックリ!
まあ「10月8日、愛知県のZepp名古屋から始まって
11月4日、東京お台場、ダイバーシティ東京まで、4ヵ所ありますね」
…と、ザックリした紹介でしたが

奥さんは「こんなに早く公表するなら
それこそ、ビルボード・ツアーの最終日にでも言ってくれれば良いのに…」と…(笑)
でも、考えてみれば、甲斐さんはビルボード・ツアーの「直前インタビュー」で…

「去年、甲斐バンドでやったツアーが
すごいテンションで異様に盛り上がっ」たのは
「この編成で、毎回、挑戦的なアプローチでやっていたことが
少なからず影響してると思ってるんですよ

しかも、その合間に『愛のろくでなし』ツアーも挟み込まれてたでしょ
その流れが大きかったんじゃないかな」と話されていたし
来年の甲斐バンド45周年ツアーを念頭に置かれているとすれば
この展開は予測できたんじゃないかと…?(笑)

とにもかくにも、4ヵ所とはいえ
秋にお楽しみが出来て嬉しくないはずもなく(笑)
先行予約のエントリーはもちろん
名古屋のマクラの手配も完了したらしい(笑)

ただ、一足早く甲斐報が届いた甲斐友さんから、第一報を聴いた時
「東名阪のZeppはともかく、栃木県って…?」と不思議に思い
次に、鈴木健太さんが栃木県出身でいらしたことを思い出し
「え!?今度はエレキで参加?」と先走り(笑)

もっとも、リードギタリストは、おそらく?公平さんでしょうけど
ボトムラインとサイドギターは、まだ発表されてないし…?

そうそう!愛ろく3のドラマーは、ユニコーンの川西幸一さんでしたが
「たこやきレインボー」の彩木咲良さんのコラムに…

川西さんと手島いさむさんが
「なにわンダーたこ虹バンド」に参加されたのがきっかけで
ユニコーンのファンになられたことが記されていて
「もっと早く生まれたかったと悔しくて…
結成当初からリアルタイムで聴きたかった」と彩木さん

でも、そんな若い世代の方が「めちゃくちゃハマってしまった」って
ユニコーンの皆さんは、きっと嬉しく思われたでしょうね?
まあ「恥ずかしい」ので、ファンクラブに入られたことは
内緒になさってるみたいですが…(笑)

それはさておき…
「『しあわせの隠れ場所』の…また、話なんですけど」と甲斐さん
「原作が…これ『ブラインド・サイド』って原作で

要するに、その…QBがパスプレー…パスする時に
右ききのQBがパスを投げる時は、左側が死角になるんで
その死角を『ブラインド・サイド』って言うんだけど

この『しあわせの隠れ場所』の時は、
冒頭のシーンがですね
ジョー・サイズマンね?超有名なジョー・サイズマンが
(ローレンス・テイラーに)サックされ
再起不能となったシーンから始まるんですよ

そういう、その『ブラインド・サイド』っていうこの映画を観て
えー、その記者会見だっていうのが、僕、あったんで
ナンか非常に動揺したっていう感じもありつつですね
えー、今後どういう成り行きになるんでしょうか?注目したいと思ってます」

…と、日大アメフト問題について
かなり熱く語られた理由を明かされてましたが
奥さんは奥さんで「『左きき』の投稿に食いついたのは、そのせいかな?」と…

僕は、先日亡くなられた衣笠祥雄さんが
1979年の巨人戦で、西本投手から死球を受けられ、肩甲骨が折れたまま
次の試合に代打で登場なさって、フルスイングで三振された時
「1球目はファンのために、2球目は自分のために
3球目は西本君のために」とおっしゃって

「連続出場記録のかかった相手に怪我をさせてしまった」という
西本投手の気持ちの負担を和らげようとなさったとのエピソードと
関学の奥野選手の、宮川選手を気遣うコメントが重なり、グッと来てしまいました

川淵さんの「自分たちで立ち上がれ!」という提言通り
4年生主導で新たなチーム作りをすることも視野に入れて
1日でも早い再建を願うばかりです