以前に、亀和田武さんが甲斐バンドの【HERO】について
その発売前にリリースされていたアルバム「誘惑」の中の【ちんぴら】と絡められ
「ヒーローとは決して超人的な肉体を指すのでもなければ
マスコミにおける有名性によって成り立つものでもない
己れの卑小感、無力感、重要でなさを身に沁みて知っているチンピラが
それでもなお、その卑小感、無力感ゆえに闇雲に後先見ずに疾走して行く
その行為を指してヒーローと言うのだ」と記されてましたけど
イーストウッド監督は「あなたは多くの映画でヒーローを題材にしていますが
今の時代に求められるヒーローとは何だと思いますか?」との質問に
「私にはよく判らないが、少なくとも今回の映画に出てくれた3人は
それを象徴していると思う
彼らは、私たちの身近にいるような普通の若者で
正しい時に正しいことをした男たちだ
事件当日、乗客たちは走行中の列車内に閉じ込められ
AK-47ライフルとルガーピストル、カッターナイフ
そして、270発もの弾薬を持ったテロリストに遭遇した
もし、3人が取り押さえなかったら大惨事になっただろう
私は、これまでにヒーローについての映画を沢山作って来たが
ほとんどがすでに存在しない人物の物語だった
あの時、彼らが何を考えていたのか?
どれほど危機的な状況だったのか?全ては想像するだけだ
でも、今回は本人たちと一緒に過ごし
何をどう感じたのか、把握することが出来た
例えば、マークが撃たれた時、彼らは応急処置をすることになった
もし適切に処置してなかったら、マークは命を落としていたかも知れない
人はその時になってみないと、何が出来るかは判らない
振り返ってみても、何故そんな行動をとれたか?本人たちも説明がつかない
そんなところに面白さを感じる」と答えていて
「どの街角にもヒーローはいる」という甲斐さんの言葉を思い出しました
ちなみに、その銃撃を受けたマーク・ムガリアン氏は
「トイレの中から、銃器やナイフで武装した男が出て来た時
私は咄嗟に『やめろ!』と叫んで、ライフルを奪おうとしました
私の中にある『何か』は、常に最良の判断を下すのかと言えば
決してそうではありません
でも、あの時は、それがベストの行動だったと思います
監督から連絡が来た時は、とても驚きました
もし参加すれば、もう一度アレクやスペンサーやアンソニーに会うことが出来る
その上、監督の作品に出られるなんて本当に光栄だと思いました
但し、妻のイザベルがどう思うかが心配でした
彼女はあの日、血だらけの床を見て、自分の無力さを感じたそうです
事件を追体験することは彼女にとって辛いことですから…
でも、監督が、列車で起こったことを正確に反映したいと思っていること
俳優でなく、事件の当事者を出演させるというリスクを背負って臨んだ彼に
私たちも出来るだけきちんとした仕事で応えようと思ったんです
私が痛みでうめいているさまを
クルーは様々なアングルから撮影しました
私は、カメラがスペンサーやイザベルに向いている時も必死でうめき続けていました
おかげで監督に『マーク、もう少し騒音を抑えて貰えるかな』
と言われてしまいましたが…(笑)」と振り返り
一方、3人が取り押さえたテロリストを拘束したクリストファー・ノーマン氏は
「事件の後、精神的に辛い時期を過ごすことになった」ため
オファーがあった時は断るつもりだったと明かし
実際に「テロリストを演じたレイ・コラサニがあの衣装を着て
武装して通路を歩いて来る姿を見た時は、かなり強いストレスを感じて
思いの外、感情的に厳しい数日間を過ごすことになったし
特に、撃たれたマークを救おうとするシーンの撮影はキツく
気持ちを落ち着かせるために、何度も撮影を中断して貰うことになった
けれども、再びタリス急行に乗り、運命の日の行動や感情を追体験したことは
私にとって、精神的な浄化と解放になった
映画は、当時の緊張感が上手く再現されていて
ポップコーンを食べながら、リラックスして観ている観客も
きっと驚くことでしょう」と話しています
そのマークの救命処置には、戦場での対処法を勉強中のスペンサーが
失敗してしまった症例が役に立つんだけど
その失敗のシーンでは、正しい処置方法は語られず
おそらく?スペンサーの中に「宿題」という形で放置されていたと思われ
それが、今まさに必要となった時
瞬時に「正解」を導き出せたということに
ヨーロッパ旅行中、スペンサーがふと洩らした
「僕らは、何か大きな力に導かれているんじゃないか?」との言葉が重なりました
某レビュー記事には…「テロ事件と交互に描かれる3人の子供時代はさえない
久しぶりにつるんでの欧州旅行は
お決まりの観光地ではしゃぎ、二日酔いにうめき
列車に乗り込む時は、足の悪い老人に手を貸す
巨匠は間延びすることを恐れず、善良な人間の平凡さを丁寧に追う
私たちの誰もがヒーローになれるというメッセージだ
彼は3人を『ボーイズ』と呼んでいたという
『どうだい、いい坊やたちだろう?』という
好好爺イーストウッドの顔が、画面から透けて見えるようだ」…と記されていて
脚本を担当したドロシー・ブリスカルは…
「彼らの誰も、英雄になりたいと願っていた訳でも
周囲から期待されて育った訳でもない
しかし、運命の日、彼らは突発的な危機に立ち向かう勇気を自分の中に見出だしたのだ」と語り
製作を務めるクリスティーナ・リベラは…
「彼らは偉業を成し遂げましたが
それが身近な誰かの兄弟や友人であっても不思議ではないんです
誰もが、身近にスペンサーやアレクやアンソニーのような存在がいるということです」と話してます
そして…「これは、フランスとアメリカで賞賛を浴びた事実であり
逆境に置かれた時に自分ならどう反応するかを自問することでもある
あの3人の若者がしたことは、ごく普通の人間でも優れた直感を持ち
それに基づいて行動できることの証明でもあった
彼らに出来るのならば、私たちにも出来るということさ」とイーストウッド監督
「普通の人間」に対する視線が、とても暖かい人なんでしょうね?