前回、大森さんと放駒親方の対談をご紹介していて思い出したのが
相撲雑誌?に掲載されていたとおぼしき甲斐さんのインタビュー♪
「大相撲にエールを!」という特集の第7弾に登場されてます
前置きには「幼稚園の頃、横綱の胸に手を触れるという
貴重な経験をしていながら、それが誰だったのか
名前も判らないという甲斐さんだが
その後はすっかり相撲の魅力に取りつかれ
以来40年近く、大相撲にエールを送り続けている
甲斐さん流[勝負の世界の楽しみ方]を教えて頂いた」と記されてます
「昔は、大抵の小学校に土俵があったと思うんです」と甲斐さん
「九州場所の時にお相撲さんが学校に来て相撲を見せてくれたんですよ
小学校高学年くらいから、力士の名前とか人格とかを意識し始めて
ちょうど栃若時代でしたね
後は若秩父がいて、みんなで、ああいう相撲取りにだけはなるのよそうねって…(笑)
だけど、高校生くらいになると
若秩父の相撲の型は凄かったと判って来たんです
10代の終わりって理論的になって来るんで
映画スターでもミュージシャンでも、分析に入って行く年頃じゃないですか
そうすると、イヤだなって思っていた相撲取りに
理論的な型のあることが判ったりする
当時、僕が一番好きだったのは(初代)若乃花です
でも、全力で好きになったのは北の湖ですね
強くて、みんなに嫌われていた時代でした
押し出す寸前にもう1回押すのが険悪と取られてましたよね
でもそれは、ちゃんとした相撲を取っているということなんですよ
横綱だし、土俵際、最後で息を抜くような相撲はよくないでしょ
そのプロ意識が好きでしたね
引退してからもずっと好きです
報知新聞を取ってるのも、彼が相撲評を書いてるからなんです(笑)
以前、北海道の空港でお見かけして
いつの間にか2mくらいまで近づいて、話しかけようとしてた
でも、考えてみれば、知らない人なんですよね
これはイケナイと、グッと自分を抑えました(笑)」とおっしゃっていて
先日の「ムロツヨシと話したかった」件を思い出しました(笑)
「北の湖は[花のニッパチ]と言われた人の中から、頭ひとつ抜け出した
自分のスタイルを持っていたからですよね
僕はそういう人が好きなんです。それがプロだと思うから…
たとえ負けても、ファンを喜ばせることが出来るのは
スタイルを持っていて、それを貫ける人だからだと思うんです
ああいうスタイルになったのは、素質の問題だけじゃなくて
時代背景も微妙に影響してたんじゃないかって
僕、同い年なんで、同世代で経験した喜びも苦しみも似てると思うんですよ
それと、彼のスタイルは独特だと言われてましたけど
その実、非常にオーソドックスなんですよ」と北の湖愛を語っておられます(笑)
「相撲界で親しい方は?」との質問に
「一番最初に話したり、飲んだりするようになったのは
起利錦関と北勝鬨関ですね」と甲斐さん
「起利錦は、かなりのロック少年で
欧米のロック・ミュージシャンとかに物凄く詳しいし
僕の昔のアルバムなんかを今でも綺麗に取ってくれてる
知り合って1年くらいの時に、サインくれって差し出されたのが
デビュー2枚目のアルバムだったんですけど、保存状態がすごく良かった
これは、あの人の相撲にも通じるところがあったと思うんです
その人の背景にあるものが見えて来ないと面白くないですよね」
…と、お答えになってますが
その起利錦関を紹介して下さった方がいらっしゃいましたよね?
「酔っ払い製造工場(笑)」みたいな飲み屋さんで
「完成品(笑)」の甲斐さんが「お相撲さんですよね?」と
話しかけられた方が…と思っていたら
「あまり言いたくないんですけど、敷島というのがいまして(笑)
チャゲ&飛鳥のチャゲと僕と敷島で、よく飲みに行きました(笑)
彼の結婚披露宴に呼ばれたんですけど、それには行けなくて
二次会のパーティーにだけ出席しました
まあ、敷島だけは、あまり知り合いになりたくなかったと思ってるんですけど(笑)
むやみやたらと携帯電話にかけて来るんですよ」と…(笑)
だって、敷島関は甲斐さんのことを
「ただの明るいヨッパライ」と思っておられるんですもんね(笑)
「本場所を観に行かれることはあるんですか?」と訊かれて
「本当は、東京場所は全部観に行きたいんですけど、実際は1年に1回
家族みんな相撲好きなので、一緒に観に行きます
国技館へは小学校の低学年から連れて行ってました
歌舞伎と相撲観戦は、一番の贅沢ですよね、食べ物も美味しいし
館内に入ると紫色が目につくでしょ
それがまた日本情緒を醸し出す訳ですよ、ワクワクしますね」と甲斐さん
新国技館の「こけら落とし」の話が出なかった代わりに?
「お嬢さんのご贔屓の力士は?」との質問が…(笑)
「北の湖のようなタイプが好きみたいですよ
人の意見じゃなくて(笑)自分の目で見て、確かめてるようです」とお答えになると
「かなり[通]の見方をお父さんから叩き込まれたようですね」(笑)
それはさておき、現在の角界について…
「昔は気迫とか練習量で、のし上がって行くタイプが多かったけど
今は科学的になって来てる
トレーニングだけじゃなくて、頭で相撲を取るような…
だから、顔つきも変わって来てると思いますよ、相撲界だけでなく…
イチローなんて従来のプロ野球選手の顔じゃない、正に今の顔ですよ
昔を懐かしいと思う時もあります
でも、今は個性があって魅力的なお相撲さんが沢山いる
僕が現状をそのまま受け入れるタイプだから、そう思うのかも知れませんね
(新横綱や新大関がなかなか誕生しないことは)
仕方がないことなんです、ケガも運なんだから
そこから抜け出た人は強くなると思いますよ
ミュージシャンも一緒です
ある一線があって、みんななかなか越えられなくて苦労するのに
すごく楽に上がって行く人がいる
叩かれることはあっても、本人は全然苦にしてなくて
すんなりとワンチャンスを生かして上がって来るんです」
…って、どなたのことなんでしょう?(笑)
「ロスに2週間近くいたんですけど
持って行ったのは[Number]とかのスポーツ・ジャーナリズムがほとんど
その方が元気になれるし、音楽関係のものは全くないですよ
普段の人間関係もそうなんですが
僕、ミュージシャンとの付き合いより
他の分野の人との方が多いんですよ
その方が自分が客観的に見えて来たり
その向こうに世の中が透けて見えたりするんじゃないでしょうか」
「最近、野球にはあまり興味がなくなったそうだが
相撲への情熱は衰えていない」とのキャプションが添えられた
甲斐さんの写真やプロフィール欄を見ると
[GUTS]をリリースされる前くらいのインタビューじゃないかと…?
この後にドジャーズ戦をご覧になったり
イチロー選手がメジャーで活躍なさったり…と
甲斐さんの「野球熱」が甦って来られるんですよね♪
ともあれ…「思い出に残る一番は?」と訊かれて
「貴ノ花--千代の富士」とのお答えに
「千代の富士が引退を決意した?」と重ねて訊かれ
「いえ、お父さんの方です(笑)
千代の富士に負けて、貴ノ花が引退を決意した一番
あれを見た時は[体験した][目撃した]という感じでしたね
物凄いものを見たなという気がしました
後でビデオで見たり、人から話を聞いたんではダメなんです
あとは、曙--小錦。小錦が大関から落ちた時の一番です
大変、人間くさいドラマというか
ああ、この人達も人間なんだという当たり前のことを
まざまざと見せつけられた一番ですね
貴ノ花が千代の富士に負けた時は、絶対引退すると思いました
力尽きたという感じがあったし、バトンを渡したという印象もあった
あれは本当に凄い勝負でした
[勝ち負けじゃない]とかって、訳わかんないこと言う奴がいるけど
[勝負]って書けば勝ち負けなんですよ
社会って何だろう、社会人って何だろう、社会性って何だろうって
10代の後半にそういうことを考える時期に
一番わかりやすいのが勝負の世界なんですよ、だから惹かれるんです
貴ノ花の側にも、千代の富士の側にも、どっちにも人生がある
だから面白いんです
人生はいつも勝ち続けるなんて無理なんだから
どうせ負けるなら、負けっぷりの良い方がいい
負けっぷりには、その人の人生が出る
勝負がついた瞬間、そこからほころんで来るのが
その人の人生そのものなんです
勝負は一瞬だから、その一瞬の手前を
どれだけ謳歌して生きているかということの方が重要になって来る
僕はそのポイントに興味があるんです
一生懸命とか努力とかって、あんまり好きじゃないんですよ
どれだけ楽しんでいるか、どれだけ謳歌しているか
それが大事だと思うんです」と話されてますが
確かに、たとえ負けても「よくやった!」と声をかけたくなるような
清々しい負けっぷりがありますよね
このインタビューもそうですけど
麻雀では「三九の人生がいい」とか(笑)
「人生は9勝6敗がいい」とおっしゃったり
サッカーでは「あの不条理さこそが人生」と語られたりと
甲斐さんの人生哲学が垣間見えるようですね♪
余談ですが…「最後に相撲界にエールを…」と言われて
甲斐さんいわく…勝ちっぷりの良い、負けっぷりの良い
スペクタクルな相撲を展開して欲しい
あとは、敷島関にあまり電話しないようにと伝えて下さい(笑)