コインロッカー・ベイビーズおまけ | ボクの奥さん

ボクの奥さん

ボクの奥さんは、半世紀に渡る甲斐よしひろさんファン。このブログは、主に彼女の『甲斐活』について綴っております。

約2時間の舞台ながら、途中で20分の休憩があるのは
やっぱりミュージカルだからかな?と奥さん

キャストの皆さんは、お芝居だけでなく、歌もダンスもこなされる訳で
かなりエネルギーを消費されるんじゃないかと…

特にキク役の河合郁人さんは、刑務所からの脱走シーンで
客席の通路を縦横に全力疾走なさるらしく
その走りっぷりを拝見する限り「60代の身体(笑)」と診断されたのは
きっと何かの間違いだと言ってました(笑)

原作の中に「倒れまいとして、次々に足を前に出す
全力疾走すれば、決して倒れない
それが走るということだ
最初に立ち上がったサルは、全力で走ったんだ」
…というキクの言葉があるそうですが

これは、単に「走ること」だけではなく
自分の内部から沸き上がる衝動に突き動かされるような
キクの生き方にも当てはまることが
当時の甲斐さんのイメージと重なったみたいです(笑)

ちなみに…その休憩時間にお手洗いに行こうとして
女子トイレの凄まじい混み具合に
昔の甲斐バンドのライブ会場を思い出したんだとか…(笑)

その甲斐バンドのライブで、勝手知ったる劇場だったので

エレベーターで、最上階のお手洗いを目指したおかげで

第二幕に間に合ったそうだ(笑)

もう一つ、さすがジャニーズの方が出演されてる舞台だなあと感じたのは
「ラブシーン」の時の客席の反応(笑)
イヤ、別に悲鳴が聞こえるとかではないみたいだけど

オペラグラスを握り締める方、逆にオペラグラスから目を離す方
思わず身を乗り出す方などなど
「来た来た!」という感じで緊張感が漂い
「見たくないのに見てしまう(笑)」
フクザツなファン心理が垣間見えたらしい(笑)

でも、河合さんのファンの方によれば…
「キクはアネモネとキスする場面があるから、免疫つけておいて(笑)」と
予め河合さんから知らされていらしたようだけど

橋本良亮さんのファンの方は
「心構えがない所に、あんなシーンを見せられて可哀想だ」と…(笑)

まあ、奥さんは、どなたに限らず思い入れることなく見ていたので
「ベッドの上でナンかやってる(笑)」と思ったくらいだったんですが

別の場面で…「ソファに座ってるハシ」の
(肩甲骨から上の)後ろ姿を眺めていたら
いきなり、ソファの陰から女性が飛び出して来てビックリ⁉

奥さんの席からは全く見えてなかったんだけど
2階席や3階席の方には、一体どんな光景が…?(笑)

それはさておき…この舞台のパンフレットに
BS-TBSの「一読永劫〜ベストセラー作家が選ぶ名作の風景〜」という
紀行ドキュメンタリー番組で、石田衣良さんが選ばれた
「コインロッカー・ベイビーズの舞台」が紹介されてます

メインは、キクとハシが引き取られた
「廃墟のある九州の島」として石田さんがイメージされた
村上龍さんの出身地・長崎県にある軍艦島なんですが
まず最初に訪れられたのは「西新宿」

「薬島は毒物汚染地域である
薬島のすぐ脇に超高層ビルが13本建っている
鉄条網に切り取られた菱形の街」という描写に

「作者がどこまでこの場所のことを考えてたか判りませんけど
ホントにドンピシャで、緩やかな坂と、更地と
超高層ビルという画が揃ってますからね」と石田さん

「ああやって建っているものすごくキレイなビル
作家ってそういう立派なものを見ると
それが滅んだ後はどうなるんだろう?と想像するもんなんですよ

ものすごくキレイな女の子を見ると
この子が50年後、おばあさんになった時、どんな顔になるんだろうか
或いは、逆に、おばあさんを見て、その人の10代を想像したり

そういう想像力を極端から極端に使うクセがあるので
僕は更地の再開発地よりは
ピカピカの超高層ビルに廃墟を感じますね
人間が滅んでしまった後の、メンテナンスされていない
超高層ビルの画を想像してしまいましたね」と話されてます

この番組は、2009年放送となっているので
BIGGIGが行われた「ZONE」にはもう都庁が建っていたんだけど
奥さんにとって、甲斐バンドファンの「聖地」が
「ブレードランナー」に登場するような「廃墟」になるというイメージは
ちょっとショックだったらしい(苦笑)

ただ、石田さんによると…
「コインロッカーに捨てられた子供たちが安心して遊べる場所って
人がたくさんいる豊かな街より廃墟
…大きくなったコインロッカーとして…で
その方が心が落ち着けたのかも知れませんね

キクが「ダチュラ」を使って起こしたテロは
ただ単純に壊せばいいというのではなく
自分なりのユートピアを作りたいというテロだったような気がします」と…

余談ですが、サンストのディレクターでいらした湊剛さんが
テレビの制作部で手がけられた「ふるさとのアルバム」で

上司の方が転勤され、ノーチェックなのをいいことに(笑)
「東京/丸ノ内」じゃ「やりようがねえ
エーイ、丸ノ内をぶっ壊しちゃえ(笑)」と

無人の丸ノ内のビル街に、ビルの崩壊する音と
ピンク・フロイドの【吹けよ風、呼べよ嵐】を流す…といった番組を作られ

放送後「直属ではない、もっと上の人が血相変えて飛んで来ましたよ
[湊はどこだーっ!](笑)
お前はここには向いてない」と言われて
青少年班に移られ「若いこだま」が始まったんだとか…(笑)
当時のNHKにも「キク」と「ハシ」が…?(笑)

その原作が書かれた当時は「近未来小説」と呼ばれ
「SF」っぽい扱いもされたみたいですが
音楽を中心に、文学や映画など他分野と「音」との関わりを探っておられる小沼純一さんは

「1970年代の終わりから80年代にかけて
音にかかわるメディア環境を変えたものが3つある」として

「音楽を身につけて外出するという発想を生み出したウォークマン」により
「身につけてる者のいる環境自体が
変わった」

「音楽は聴くもの、聴くのみだった多くの人に
音楽そのものへの参与を促したカラオケ」

「仮想の相手と対戦できるテレビゲームは、光と音が連動することで
視覚・聴覚・触覚、また反射神経をも刺激した
そこで響いた電子音は、生活する中でほとんど意識しないながらも
今、耳にする音のかなりの部分を占めている」と分析なさっていて

これらの変化があったにも関わらず
この小説には「そうしたものは描き出されてはいない
ヴァーチャルな近未来は、今となってはもうすでに過去のはずなのに
古びているようには感じられない」

「ウォークマンもカラオケもテレビゲームも社交的に振る舞ってはいる
でも自らの周りに世界を区切り、限ってしまう
聞こえるのは、他者が発する音ばかり
それは、キクとハシが壊そうとしている壁のようなものではないか?」と…

この舞台が、ミュージカルとして、どういう評価をされるのか
初心者の奥さんにはよく判らないようだけど(苦笑)
少なくとも、ボクが3回分の記事を書けるくらいには
あれやこれや喋り倒していたことは確かです(笑)

最後に村上龍さんが書かれたこんな文章を…

「コインロッカー・ベイビーズ」は
1979年の9月から書き始め、1980年の7月に完成した
10ヶ月間書き続けたわけだが、書いている時の記憶がない
極度に集中していたので、自意識が希薄になってしまい、よく覚えていないのだ

私は過去の自作を読み返すことはほとんどないが
「コインロッカー・ベイビーズ」は、たまにパラパラと
ページをめくってみることがある
すべての章、すべての文章に見覚えがある
自分で書いたのだから当たり前だが「自分のもの」という感じはない

特に、キク、ハシ、アネモネの3人は
私と関係なく存在しているような奇妙な感覚がある。不思議な感覚だ
3人も、私自身も、ずっと生き続けていたんだなと、そんなことを考える

「名曲は季節を問わない」のと同様に
「名作も時代を問わない」んでしょうね?