甲斐さんいわく…
10代の後半からキャラクターを設定して
それを徹底的に演じようとした
でも、20代後半に
ステージでの姿とは裏腹な私生活に気づいて
その破綻をやり直そうと決心したところから
俺は変わったんだよ
甲斐バンドが解散して
一旦シーンっていう車輪から外れることにした
それしかなかった
そうしなきゃ自分を組み直せなかった
甲斐バンドは、メジャーの中のマイナーバンドだったと思う
『食わず嫌い』の人が非常に多かったしね(笑)
でも『すごく良い』と言う人と
『全然わからなかった』って人とハッキリ分かれることが
実は大事だと思ってるし、それがあのバンドの武器だった
『ストレート・ライフ』は
まだ甲斐バンドをやってる頃に作り始めたから
バンドを射程に置いて、それと区別して作ってるアルバムなんだよね
金と時間をかけすぎて事務所が傾きかけたけど(笑)
苦しい所に行かないと本当の喜びはないよね
たった1枚のアルバムで
2時間のステージを演る困難さはあった
でもライブを演らないと、その作品に決着が着けられないし
いつもいつもテレビに出てる訳じゃないから
露出していく部分はツアーしかない
そのツアーで『甲斐バンドとは違うんだ』っていうのを
判って貰うのが第一の狙いだったんだけど
昔からのファンは、ずいぶん動揺したと思うよ
バンド時代には満員だった会場に人が入ってなかったりして…
だって決めたんだもん(笑)
それやらないとダメだもん(笑)
ソロになってデビューしたんだもん(笑)
昔みたいに有線まわったり
レコード持って放送局行ったりしないで済んで良かった訳だし…(笑)
余談ですが…
当時【レイン】が、角川文庫?か何かのCMに使われていて
松田優作さんのアップには、ピッタリだったけど
ブックフェアのイメージには合ってたのかなあ?と…(笑)
松田さんのファンかと思うくらい
じっと画面に見入っていた奥さん(笑)
映画『この愛の物語』の挿入歌のひとつに起用された際にも
映画のCMで流れるたびに画面に釘付けになってました(笑)
甲斐さんが映る訳でもないのに…(爆)
土屋公平さんは、甲斐さんに呼ばれて夜ヒットに出演なさったり
ライブで【レイン】を演奏するたびに
ゲストに招かれていらしたおかげで
『レインおじさん』と呼ばれるようになったんですよね(笑)
それはさておき…次に夜ヒットに出演されたのは
【ILYVM】を歌われた時みたいですが
この曲のオファーがきっかけで
アルバム『カオス』を作り始めたと甲斐さん
【ちんぴら】とは別に『書き下ろしを1曲…』と要請されて
『度胸がある頼み方だなあ(笑)』と思われたそうだ
原作者の安部譲二さんが、甲斐さんとの対談で…
僕があの天尾完次という男を監督として認めるのは
あなたに音楽を頼んだからなの
だって、映画の中で音楽っていうのは重要な要素でしょう
五社英雄さんも、映画における音楽は
最重要事であり、金をかけるとおっしゃってますよね
だから、あのケチな天尾完次が(笑)
よくぞ甲斐さんを…とおっしゃってました
安部譲二さんといえば…
甲斐さんが『いいとも』に出られた時に
昔のタモリさんのステージを見たことがあると話され
その会場が安部さんのお店だったそうだけど
タモリさんのステージをご覧になる前に
安部さんは塀の向こうへ…(笑)
そのご経験があって、この曲があるのかなあと…(笑)
ともあれ、その後のプロモーションやライブのMCでは
この『カオス』というタイトル・チューンについて
語られることが多かったようで
『special thanks J&D』とのクレジットの通り
AIDSで亡くなられた方と
ベトナム戦争の後遺症で
病院に入れられたエンジニアの方の話をなさっていたという
遠い世界のことじゃないんだと実感された甲斐さん
ご自身もニューヨーク滞在中に
『眼に注射器を突き刺したまま死んでる男を見た』とか
マーチン・スコセッシの『最後の誘惑』の上映中
『映画館でボヤ騒ぎがあった時
僕、ちょうど居たの』とか…(汗)
お子さん達をスラム街に連れて行かれたのも
そういうことを全部見せて教えると
アフリカの餓死寸前の子供たちのニュースを
画面で見ても判ってくるようになるからだそうだ
『カオス』というアルバムは
ある面で『命』を歌ってると甲斐さん
東日本大震災の後、久しぶりに
【カオス】や【レッドスター】をセトリに加えられたのは
そういう意味があったんでしょうね
バンドの場合は、固定のメンバーを前提に考える
だから、やりたい音楽の種類がいっぱいあると
ある程度限られてくるんだよね
ソロは何でも出来る代わりに、すごくリスクもある
非常に散漫になりやすいし
難解になりやすい部分も出て来る
でも『カオス』は、バンド時代のことは考えずに作った
本当のソロアルバムだと甲斐さん
ただ、ユーミンが松任谷由実になった時や
矢沢がソロになった時もそうだけど
アルバム3枚くらいまで苦労してるじゃない
なのに『ストレートライフ』が、チャート3位しか行かなくて
『もう甲斐はダメだ』って、ナンで言うのかなあ(笑)
俺は、3年くらいかかると思ってやってる訳よ
この国は3回やらないと認めないから…
『虜』と『GOLD』を作ってて、3作目の『ラブ・マイナス・ゼロ』からだもん
洋楽関係者の取材が殺到したのね
あれには純真に驚いた(笑)
3回やると、急に先駆者になる(笑)