バンドやろうぜ!その2 | ボクの奥さん

ボクの奥さん

ボクの奥さんは、半世紀に渡る甲斐よしひろさんファン。このブログは、主に彼女の『甲斐活』について綴っております。

デビュー曲がヒットして
『このバンドはこういうバンド』と決定づけられてしまい

それが本来のスタイルではないために後が続かず
消えて行ったバンドを沢山見てきたという甲斐さん

2曲目の【裏切りの街角】を書かれる際に
甲斐バンドのカラーを明確に打ち出すことを考えられたそうだ

また一方で『屈辱のデビュー』となってしまった(汗)
神田共立講堂でのコンサートを経験されたことで

どんなに小さな会場でもいいから
自分たちの音楽を聴きに来てくれる人たちの前でやろうと
メンバーや事務所の方と確認し合って
徹底的にライブを演るようになられたらしい

テレビカメラの前ではなく
生きた観客を相手にするステージで
バンドとしての技術を磨き、経験を重ねられ

徹夜しないとチケットが取れないくらいに動員数を増やし
ついに『チャート1位』になるという目標を達成なさった時

甲斐さんは福岡でのレコーディング中に
東京のスタッフの方々も一緒にワインで乾杯なさったという

でも、その後『やっと船が出せる』と甲斐さん

これで全国各地を廻れるようになる
どんな小さな町にも武道館と同じ機材を持って行こうと思う

そうすると収入が少なくなるから経費を抑える
ギャラも安くなってキツくなるだろう

…と、スタッフの方々に生活のこともあるし
降りたければ降りていいと話されていたという

ちなみに『船が出せる』という言葉に聞き覚えが…と思ったら

デビュー前のメンバーだったドラマーの方と
『一緒にやれない』と交番の前で殴り合いになり(苦笑)

代わりのメンバーを探されていた甲斐さんに
『一緒に行っていいかなぁ』と松藤さんが声をかけられた時の
甲斐さんの心の声でした(笑)

ともあれ、当時このツアーのやり方は
『殉教者』扱いされたようだけど

甲斐さんは、ご自身が学生の頃に見たかった
海外のミュージシャンが博多には来てくれなかったことを悔しく思っておられ

ただ地方というだけで、文化に触れるチャンスがなく
悶々としている少年少女の気持ちが
身にしみて判るからだと説明されていたんだとか…

奥さんは、初めて地元で甲斐バンドのライブを見た時
『ホントに来てくれたんだ♪』と信じられない気がしたそうだ(笑)

今は自分が全国を飛び回って
甲斐さんに会いに行ってるんだけど
それでも甲斐さんがステージに登場されると
『わっ!出て来た!』と思うらしい(爆)

それはさておき…

中島みゆきさんに『プロレスの巡業(爆)』と言われた
100本超えツアーの疲れからか?長岡さんが体調を崩され

『初めてツアー中止も考えた』という甲斐さん
サポートメンバーと共にツアーに出られたものの

そのまま長岡さんの脱退が決まり
『一生、3人でやっていく』ことに…

その脱退の理由…お身体のことは勿論でしょうが
長岡さんが家庭を持たれていたことや経済的な問題

甲斐さんとの不仲説(苦笑)など
色々と取り沙汰されたみたいだけど

奥さんが気にしていたのは
『俺が押してはいけないボタンを押した』という甲斐さんの言葉

甲斐さんが初のソロアルバム
『翼あるもの』をリリースされた際

ご自身がひとまわり大きくなることで
それをバンドに還元したいとおっしゃったらしいんだけど

ちょうど同じ頃に
『バンドの空気がゆるんでる』とか
『ある程度まで行ったと思って
練習しないメンバーがいる』と話されていたという

『一旗あげてやる』と上京して、一丸となっていた頃から
更なる高みを目指される甲斐さんと
『バンド』に対する思いにズレが生じていたんじゃないかと…

まあ、それが長岡さんのことだったかどうかはワカリマセンけど…

『長岡が抜けたからって
俺たちは他のベースを入れる気はない』と甲斐さん

今でも甲斐バンドのベースは永久欠番のまま
活動を続けておられる訳ですが

それは長い時間をかけて
仲間たちと作り上げて来られた
『これが甲斐バンドの音だ!』というものは

どんなに技術を持ったミュージシャンでも
出せない音だと思っておられるからでしょうね

当時のレコーディングは、一人のスタジオ・ミュージシャンが
何人もの歌手のバックで演奏されていたらしく

『いくら上手くたって
2時間前に違うスタジオで出したのと同じ音を
俺のスタジオで出して貰って何が楽しいって思うよね』と甲斐さん

『翼あるもの』のバックメンバーを『現地調達』されたのも
同じ理由だったんですよね

甲斐さんいわく…
スタジオ・ミュージシャンは
何回やっても練れていかないの

それは何でかと言うと、時間の切り売りをしてて
そのことが終わったら、家へ帰るだけなんだよ

俺たちは終わっても家に帰らないじゃない(笑)
信じられないよ、家に帰るなんて…(笑)

『荒馬のように』の中で…

俺は、一生のうちでバンドはひとつでいいと心底思っている
俺がやるバンドは甲斐バンドしかない

もし、甲斐バンドが解散しなければならないようになったら
もう俺は一生、バンドは作らないだろう

昨年の『SONGS』でも

右も左も判らない若い奴らが
音楽というひとつの思いに集まって作った
『唯一無比のバンド』と話されてましたよね

奥さんの『甲斐バンド』は
この甲斐バンドなんだなあと再認識した次第です(笑)