K'S TRANSMISSION その3 | ボクの奥さん

ボクの奥さん

ボクの奥さんは、半世紀に渡る甲斐よしひろさんファン。このブログは、主に彼女の『甲斐活』について綴っております。

甲斐さんのお父様は、閉店後に
ご自身でマイクを仕込んだフラットマンドリンと
手作りのアンプを持って(笑)
博多のナイトクラブで演奏されていたそうだ

坂崎さんは『お父さん、変わってるねぇ!』と爆笑(笑)

当時の甲斐家は、楽器や楽譜、レコードなど
音楽に溢れた環境だったようで

甲斐さんいわく…変なウチでした(笑)
変なウチだと判るのにずいぶん時間がかかりました(爆)

でも『音楽カジッてる人のスーツ、カッコいいんだよね♪』と甲斐さん

以前にも触れましたが…
甲斐さんのステージ衣装も様々な変遷(笑)を経て

ジャケットスタイルに落ち着かれたのは
『一周して元に戻った』からだそうだ(笑)

デビュー当時、甲斐バンドとして
お揃いの衣装を提案された時には
断固としてお断りになったらしい(爆)

『おかげで、全員バラバラの衣装だったけど
アルフィーよりは統一感があった(爆)』と
おっしゃってたんだとか…(笑)

それはさておき…高橋真梨子さんは

お父様同士がバンド仲間だったこともあって
甲斐さん家の理髪店へ髪を切りに来られていたという

甲斐さんが、デビュー後に新幹線の中で挨拶された際

高橋さんいわく…
あの時のハナタレ小僧!?アンタね!?(爆)

武道館ライブを2回見に来て頂いたそうだけど
2回とも打ち上げの席で、甲斐さんに…

『アンタさ、歌う時にナンでじっとして歌わないの!?』と
本気で怒っていらしたらしい(爆)

『セワシナイ!腰据えてじっとして歌うのよ!』
…って言われてもねぇ(笑)

坂崎さんがおっしゃった通り
『じっとして歌う甲斐バンドは見たくない』でしょう(爆)

甲斐さんは『イイでしょ?この話、涙が出るような話(笑)』と
面白がっておられたけど(笑)

奥さんによると…
20代の甲斐さんが、夜な夜な飲みに行かれてた頃

桃井かおりさん、中島みゆきさん、風吹ジュンさんと
よく遭遇されていたんだとか…(笑)

お三方とも甲斐さんより一つ年上だそうで

甲斐さんいわく…いつも怒られてる(笑)
ヒドイ時は、3人一緒に飲んでるトコに行き当たる(爆)

年上の女性にとっては
放って置けないヤンチャ坊主だったんでしょうか?(笑)

福岡出身のミュージシャンが多いという話で…

甲斐さんがいつものように(笑)
『博多出身と言っていいのは
山笠を担いだ人だけ説』を披露(笑)

『T・テツヤさん(の出身地)雑餉隈(ザッショノクマ)は市外ですから…
陣内に至っては大川だよ(笑)』と話されてましたが

6歳の時に引っ越された甲斐さんは
長谷川町子さんの出身校でもある春吉小学校には
通っておられないんじゃ…?(爆)

そういえば
学歴を詐称された福岡出身の議員さんが…(失礼!(爆)

余談ですが…夏木マリさんが
マイナーなGSバンドの追っかけをなさっていたという話で…

売れて鼻も引っかけてくれないバンドより
手の届きそうな(笑)バンドを追っかける方がいい
とおっしゃってたらしいけど

奥さんによると…
初期の甲斐バンドファンの中にも
『青田買い』的なファンの方がおられたそうだ(笑)

【HERO】がヒットした時に
もう自分たちだけのバンドじゃないと
去って行かれたという方も…(苦笑)

『知る人ぞ知る』って程ではないにしろ
奥さんも多少は『私たちだけ感』を持っていたようで
一抹の寂しさはあったらしいけど

それよりも甲斐さんの『公約』が現実になったことと
男性ファンが激増したことが嬉しかったんだとか…(笑)