妙安寺ファミリーバンドの合宿所には
電話がなかったそうだ
木下聖雅さんが
帰省中のご実家で倒れ、長期療養された時
門田さんいわく…
運が良かった、合宿所で倒れていたら…(汗)
なので…三浦光紀さんとの連絡は
照和の電話を使っておられたようだ
自称・甲斐よしひろのマネージャー(笑)こと小宮真一さんが
甲斐さんの上京後、妙安寺のマネージャーになられ(笑)
取り次ぎをなさっていたらしい
妙安寺の皆さんが、デモテープを録るために
2週間の予定で上京する際も同行されたんだとか…(笑)
この時に甲斐バンドが4人で住んでおられた
マンションを訪ねられたんですね♪
甲斐さん達は上京されてしばらくの間
高円寺から池袋に出るにも
丸ノ内線1本で行かれていたらしいけど(笑)
門田さん達も、東京の地理に明るくなくて
どこへ行くにもメンバー全員で行動されていたそうだ(笑)
でも、某プロダクション所有のマンションから
レコーディング・スタジオに向かうため
山手線に乗ろうとしたら
藤永さんだけがホームに取り残されたことが…(笑)
先日のドキュメンタリー同期生で
『千葉から駆けつけた』と藤永さんのお顔が映った時
ちょっとニンマリしてしまいました(笑)
それはさておき…
アレンジャーの石川鷹彦さんからは
『僕、仕事しなくていいみたい
いじる必要ないんじゃない』とのお言葉♪
門田さんいわく…
レコーディングされた歌は
はっきり言って上手かった(笑)
正式になったら、もっと上手く聞こえるように
作って貰えたんだろうな…
浅田美●子や小林麻●に負けないように…(爆)
この時点では…
三浦さんが、ベルウッドを辞めて
フィリップに移られることもあり
藤永さんと木下さんの卒業に合わせて
半年後に始動することになったという
博多に戻って、岸川さんに詳細を報告されると
まるでKBCの専属バンドのように(笑)
岸川さんの番組やイベントに何度も呼ばれたそうだ
岸川さんは『歌え!若者』で
フェアウェル・コンサートを企画され
その番組の最後に
『妙安寺が7月にデビューすることが決定しました!』
と発表なさったんだとか…!?
観客の方々以上に、門田さん達が驚かれたらしい(笑)
岸川さんによると…
フィリップ・レコードの新譜情報に載っていたそうだ
ただ当時、三浦さんは
矢野顕子さんのデビュー曲を作っておられ
妙安寺はその後になると言われたという
プロダクションは
シンコー・ミュージックから話があったようだけど
三浦さんは、チューリップ・甲斐バンドがいて
3番目扱いになるからとお断りになったらしい
代わりのプロダクションが決まりかけた時
キャロルの矢沢永吉さんが
ソロ・デビューされることになり
そちらに力を入れたいので
妙安寺の面倒をみる余裕がなくなったと言われたそうだ