『日本のオルタモントにはしたくなかったんだよね』
甲斐さんは花園での暴動を鎮めるために、やむを得ずライブを中断した。
このライブが成功だったのか?そうでなかったのか?
奥さんにも判らないようだが、行かなければよかったとは思っていない。
ただ、ライブ直後の興奮がおさまった後、
何年間も甲斐さんが、花園の話題を口にしない時期があったことで、
触れてはいけないものなのか?と、しこりが残っていたらしい。
甲斐さんが、大阪の街を巡るという番組の中で、
あの日以来初めて、花園ラグビー場を訪れ、
しばらくはカメラに向かって、当時のエピソードを話していたのだけど…
やがて、一人で黙って芝生の上を歩き廻る甲斐さんの姿が映し出された。
奥さんはその姿を黙って見ていた。
どちらの気持ちもボクには想像することしか出来なかった。
ライブCDのBOXセットが発売になり、
その中の1枚に花園ラグビー場のライブが収録された。
奥さんは、これを機会に甲斐さんが花園の話をし始めたことで、
初めて『解禁』になったような気がすると言っていた。
その少し前から、大阪のライブ会場では、
『あの時のビニールシートは痛かったなぁ!
この中にも投げた奴がいるだろ?覚えとけよ!』と
冗談を口にするようになっていたけれど…(笑)
『花園ラグビー場は、甲斐バンドのライブで芝生が傷んでから
誰にも貸してないんだよ。ざまーみろ!』
『こぉ~んなに太い鉄柵がくの字に曲がってた!』と話す甲斐さん。
両手で示す鉄柵の太さが、ドンドン太くなっていき、
奥さん達は、そのうち電柱くらいの太さになるねと言っていたそうだ(笑)
CDの編集作業中の話で、
客席に設置してあったマイクが倒され、それを見つけた男子高校生らしき3人が、
言っちゃいけない『関西スリーワード』を延々とマイクに向かって連呼しているので(汗)
本当に発売できるのか?と心配になったそうだ(笑)
奥さんは、甲斐さんが禁断のスリーワードを口にしたことがショックだったらしいけど(爆)
史上初の説教MC入りCD(笑)を世に出したことで、
やっと甲斐さんも気持ちの区切りがついたのかも知れませんね?
『深イイ話』でも笑って整えてたし(笑)
『MY NAME IS KAI Ⅱ』の最終日 大阪でのライブで
嘉穂劇場の告知をする時に、またビニールシートの話になり、
『嘉穂劇場は座布団ですから!ビニールシートと違って重いよ(笑)
投げれるもんなら投げてみろ!(爆)』
『相撲の千秋楽みたいに乱れ飛んだりして…』と
ご機嫌で話していたらしい(笑)
薬師寺ライブの日、近鉄電車が東花園辺りに差し掛かると
窓に顔を寄せて、ナニかを探している方が何人もいらしたそうだ。
やはり花園は、甲斐バンドファンにとって『聖地』のひとつなのだろう。