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名古屋城、丸亀城、姫路城 修復

 

 

 

 

昨日の日曜、近くに住む義息子&娘が、お花見桜に連れていってくれましたよ。車にて近場の桜を一回り!! まさに開花真っ盛りでラッキーな日曜でしたね。ヨコハマヒザクラ桜(横浜緋桜)、ソメイヨシノ桜(染井吉野)と巡りました。

 

ゴザの上で三々五々とたむろする家族連れに、幼い孫たちを連れて花見をした昔を懐かしく思い出してました。飛び出すハート

 

 

 

 

 

      本牧にて 横浜緋桜 の街路樹です

 

 

 

 

      ソメイヨシノの並木通りです

 

 

 

 

 

       久良岐公園へまいりましょう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

娘の配慮で、その後の買い物は「私の希望の品」を娘に委ねることにし、自宅にてお花見の余韻を楽しみつつ届け物を待ったのですよ。 桜桜桜 堪能できました~ハートのバルーン飛び出すハート

 

 

         桜 桜 桜 桜 桜

       🌸 🌸 🌸 🌸 🌸 🌸

 

 

                香川県 高松市

 

ほかの場所では無残にも抹消されてしまっている古き日本の魅力が、ここに縮図として示されている 

       ドナルド・キーン「日本細見」(1980年)

 

日本人以上に、この国の文学や文化を愛し、広く世界へと紹介したドナルド・キーン氏は旅が好きだった。古典への深い造詣から土地の歴史をひもとき、「今」に考えを巡らせた。「気がつくと手帳を開いて、熱心にメモを取っていました」。(友人の元東大教授、富士川義之氏85

 

壮年期の紀行文を収めた「日本細見」には、高度成長期を経た1970年代の都市や町、村の姿と所感とが事細かに綴って

ある。

 

19年ぶりに再訪した高松では海岸線の変容に落胆する。昔、屋島山上から見た果てしなく続く塩田の風景は、工場や団地へと変わり、平家物語が教えてくれた古の戦いを思い描くのは難しくなっていた。

 

とはいえ、瀬戸内海島々の絶景は壮観で、「この先もそうあり続けることだろう」と願いを込めて記している。

 

その不変の美をたたえたのが栗林(りつりん)公園。日本一美しい公園との考えは「今日でも変わらない」と絶賛している.

 

 

栗林公園は平庭部だけで16㌶に及ぶ。初期に築庭された南湖では舟遊びが楽しめ、船頭さんが見所を解説してくれる。

 

 

築庭は17世紀に遡る。江戸時代には松平家11代が下屋敷として使い、明治以降は県が管理する。

 

公園の顔とも言える松は約1400本、うち、16人の庭師らが丁寧に剪定する「手入れ松」が1000本にも上る。

枝葉の成長や日当たりの具合を予測、計算しながらハサミを入れ、新陳代謝を促す。形の維持が大命題で1本につき約3日、刃渡り5㌢ほどのハサミで数百か所を整え、カルテに残す。プロの眼力、熟練のスゴ技に感激す。

 

栗林公園を称し「一歩一景」との言葉がある。六つの池十三の築山とが構成する空間は歩みを進めるたびに新たな景色との出会いがある。

 

「どの眺めも、信じられぬほどの配慮」と、それと気づかせないための「いっそう効果的な配慮」で設計されているーーー。キーン氏は園の本質を見事に見抜き、文章にした。

 

 

 

 

屋島山麓、約5万平方㍍の敷地に、江戸から大正期に建てられた33棟の古民家、施設が移築され、里山の景観が再現されている。一部は国重要文化財である。

 

石臼でサトウキビを搾った「砂糖しめ小屋」や「醤油蔵」、和紙の原料を作った「(こうぞ)蒸し小屋」等々、年季の入った建物からは、ものづくりに精を出した土地の人々の息づかいが聞こえてくる。

 

 

 溶岩台地の屋島は国史跡・天然記念物で、江戸時代の

 埋め立てで陸続きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

     (2024・4・7 旅を旅して から)

 

 

因みにドナルド・キーン氏は東京都北区の名誉区民でいらっしゃったそうで、同区在住の親戚の者から聞いた時には、より一層親しみを感じさせていただきました。

 

 

 

 

 

   桜 友人・フーさまのお嬢さん撮の桜です 桜

 

 

 

 

 桜 義娘から 杉並区の善福寺川緑地公園の桜です 桜

 

 

 

 

 

 

   桜 (人''▽`)ありがとう☆ございました 桜